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武蔵野劇団クリスマス公演始動!

「遅くなったが、出来あがって来たぞー」
ガハハハー!!と馬鹿デカイ笑い声と共に、大声で図書特殊部隊の事務室に入って来たのは隊長
の玄田だ。
それまで、ディスクワークで書類の整理をしていた者や職務の合間の雑談に高じていた者、ちょっと
した休憩で睡眠を貪る者など、思い思いの時間を過ごしていた面々でざわついていた事務室が、何
事かと一瞬静まり返った。

「もしかして、いよいよですか」
勘のいい隊員の一人が叫ぶと、あちらこちらからザワザワとざわつきが戻る。
「ああそうだ!いよいよだ!」
楽しくてしかたのないといった風で玄田が一同をグルリと見る。

「あっ!?」
その時、一つの事に思考が行きついた堂上がそう叫んで立ち上がった。

 そうだった・・。秋の公演の幕が下りた後に、次はクリスマス公演だと、おっさん・・いや、隊長が
 観客に向かって豪語してんだったな―― 嫌な事を思い出した。

座っていた椅子が後ろに勢いよくぶつかって大きな音をたてる。
何事かと皆が堂上に視線をやってから、それが一斉に爆笑に変わった。

「おう!王子様か!」
「今度はなんだ?」
いろんな野次が飛び交う。
「だから!それはやめろと言ってるだろう!」
堂上は耳まで赤くなって、先輩も後輩も無いように怒鳴る。
それがまた笑いを誘い、郁としてはそんな堂上を見て苦笑いだった。


前回の公演が終わったあと、堂上がポツリと言った言葉を郁は聞き逃さなかった。

 ― 俺はこんな事をするために図書隊に入ったんじゃない。しかし、これで利用者が増えてくれる
   んだったら、俺が我慢すればいいことなのかもしれない―

きっと、こんな事で人気者になるのは堂上が望んでいる事ではない。
そもそも堂上班は玄田隊長が言うように、総じて線が細い上にスター的要素が無いわけでは無い。
ちょっとしたキッカケで(この場合は劇団の大成功だが)このような事態になってもおかしくない事だ
った。

「すいません。出来あがってきたと言いましたけど?」
郁は首を傾げながら玄田に問いかけた。
フッフッフと悪戯っ子のような笑みを湛えながら玄田は
「これだ」
と一冊の本らしいものを丸めたまま上に掲げる。

「あーーっ!!」
郁は指をさして叫んで台本!という言葉を飲み込んだ。

「笠原、嬉しいからと言って、大きな声を出さんでもいいだろ」
言いながら、ガハハと笑うのは、どうみても面白がっている。
「嬉しいわけじゃないですよー」
決して演じる事が嫌いなわけでは無いが、直属の上司が困っている・・と言うか、嫌がっている姿を
見るのは忍びないから、どうしても楽しさが半減する。
チラッと視線を堂上にやると、皆に笑われたことも手伝ってか、机に突っ伏して耳を塞ぎ、顔を上げる
気配すら無いようだ。
小牧はそれをさっきから面白そうに笑って、構っている。

「隊長。で、演目は何ですか?」
手塚にしても、堂上に準ずるように文句無しに受け入れると言った態勢ではない。
強張った顔で玄田に訪ねた。

「ん?そうだったな。これを言わんと始まらんからな」
そう言って、持っていた台本を皆に見えるように開くと指をさして これだ! と得意そうに笑った。

      『白雪姫』

「しらゆきひめーーー」
一人の隊員が叫ぶと、また次から次へと、口々に勝手な事を言いたい放題言い放つ。
「そりゃ、今度はほんまもんの王子様のキスだなー」
「もう配役は決まったようなもんだろ」
「よっ!ヘタレ堂上王子〜」
どっと笑いが起きる。
「誰がヘタレですか!あんたら勝手なことばっかり言ってんじゃ――」
ガタっと席を立って、言い掛けた堂上が視線の隅に郁の顔を捉えて言い淀む。
 お前までそんな憐れむような顔で俺を見るのか?――

「どうしたーそれで終いかー」「言い返せないのかー」「やっぱりヘタレかー」「代わりに俺が王子様や
るぞー」等々・・
もう特殊部隊の事務室は、蜂の巣を突いたような騒ぎだ。
そもそもお祭り好きの面々が揃っているからどんなちっぽけな事でも直ぐにこんな風に大騒ぎになる。

どんな罵声でも受け流せる。
が、堂上は、郁の視線だけは受け流す事ができない。
 まだキャストは発表じゃないじゃないか。そんな顔で俺を見るな!――

堂上は、立ったまま、皆の野次を浴びていた。
しかし頭に何も入ってこないから、何を言われているのか全く皆無だ。
堂上はもう、郁の動静しか目に入っていないのだ。そして郁の視線が痛かった。
頭からそれを振り払うかのように、今言える精一杯の反論を叫ぶ。

「言っときますがー」
と前置きして
「まだ誰が王子とか決まって無いでしょうが! 笠原の王子様発言を、わざわざ俺に被せて面白がら
んでいいでしょう! 俺も笠原もいい迷惑だ!」

「あれ?堂上。迷惑してたのかー」
「喜んでるんだと思ってたぞー」
もう何を言っても、言った傍から上げ足を取られる。黙っていた方が賢明だと言う事は百も承知なのに
自分の意識とは裏腹に、言葉がついて出る。そして自爆する。

堂上は確かに言い方を間違えた。
迷惑だと言ったその言葉で、自分の中に嫌なものが流れる。
そうだ。迷惑なんかじゃ全然無い。そして強張った心のまま郁の様子を窺う。
あ・・。心臓がドクンドクンと脈打つのが分かった。
さっきまで心配そうな顔で堂上を真っ直ぐに見ていた郁が、俯いたまま顔を上げない。

そんな固まった堂上の隣の席で小牧が溜息をついていた。
「バカなこと言って墓穴掘っても、フォローしきれないよ」
それがまた耳に入ってくる。迂闊な自分が嫌になる。

       ・
       
郁は「白雪姫」と聞いて、目を輝かせた。
自分の中で、主人公の白雪姫は柴崎がいいかなぁーとか考える。でもあれはちょっと違うな・・とも。
出来たら私は小人だといいけどなぁ。

何度か公演で演じてみて嬉しい事は、その劇の本の貸し出しが増えていると言う事だった。
確かに内容がかなり違っていて、大人のいろんな反響はあるものの、違う事でまたいろんな交流が
あるようで、本を読むと言ういい影響になっているようだった。
それに自分が一役買っていると思えば、まんざらでもないと思えてくる。
なのに・・。なのに上司の堂上は、公演の話となるといつも浮かない顔をする。
不本意なのは分かるけど――
そこまで頑なになることは無いと思うのだ。

そして今また、そんな堂上を仲間達が面白がっていじっている。
 あーあ。教官ってば真面目に受け取り過ぎだよー。
そう思って見ていたら、急に自分の名前が出てきた。
「・・俺も笠原もいい迷惑だ!」
迷惑・・めいわく・・メイワク・・。心の奥の方で、ズキンと痛みを感じた。
 あ、教官ってば、やっぱり私の王子様なのは迷惑なんだ・・

もう王子様は卒業します と宣言して、小牧の言うように「今の堂上を見る」ことをしてきたつもりなの
に。
「迷惑だ」と言った堂上の顔が本当に嫌そうに言っているように見えて、思わず俯いた。

         ・

皆のやりとりを、面白そうに見ていた玄田が特に気にするふうで無く口を開く。
「堂上が自爆したようだから、お前らその辺でやめとけよ」
そこでまた一同が爆笑だ。
笑いが治まるのを見て取ってから「キャストだがー」と台本をめくった。
台本の最初のページに載っている「キャスト」を見て、玄田はしばし口籠った。

「隊長。何か変なとこでもありましたか?」
傍らにいた緒方が声を掛ける。
「いや。クマになってないと思ってな」
「は?クマ?」
ガハハハと豪快に笑ってから玄田は「なんでもない」と言い切ってから
「キャストは緒方から発表する」
と丸投げをした。



 **

ドカッと椅子に腰を下ろした玄田に代わり、緒方副隊長が台本をめくって、プッと噴き出した。
それでまた事務室内がざわつく。
緒方は一つ咳をコホンとしてから切り出した。
「あー。キャストを発表する」


      白 雪 姫  ・・ 笠原
      継母(王妃) ・・ 原田
      家    来  ・・ 進藤
      小人 1    ・・ 堂上
          2    ・・ 小牧
          3    ・・ 柴崎
          4    ・・ 
            ・
            ・
      王    子  ・・ 手塚
            ・
            ・

「手塚が王子ですか!」
事務室内がざわめく。そして、一同が憐れみを持って堂上を見た。
「俺は堂上にと思っていたんだが、どうにもこうにも本人が辞退を申し出るもんでな。仕方あるまい」
それより、俺が出番がない。クマで出ていいか? と本人の論点はそこではないらしい。

「堂上、いいのか?」
小牧が隣で机に突っ伏している堂上を突く。
「いいも悪いもないだろ。決まったことだ」
小牧は堂上の頑なな声に呆れてしまう。
「ホントに素直じゃないね。いいの?キスシーンもあるんだろ?」
茶化して言ってみるが
「あのなー。真似だろう、そんなのは」
と、乗ってこない。
だから、言ってやる。
「そうかなあ。手塚って変に生真面目だろ。ちゃんとしなきゃならない所はバシッと決めてくると思うけ
どなあ。この場合、リアル感が大事だしね」
堂上の肩がピクッと動く。

手塚は手塚で動揺が隠しきれない。
挙手をして立ち上がると
「無理です!!俺には出来ません。その・・」
と、堂上を一瞬見やってから
「とにかく出来ません。やっぱり王子は堂上二正にお願いできないですか」
青い顔で、訴える。

「いいんじゃないかー。ヘタレ堂上より、お前の方がマシだろう」
「そうだな。手塚の方が見栄えがするんじゃないか」
皆は言いたい放題だ。

「とにかく、俺は出来ませんから。役を変えてもらわないうちは稽古には出ない覚悟ですから」
真面目過ぎる手塚は、テコでも動かないと言い張る。

「これはもう、堂上、お前が折れるしかないだろう」
緒方が溜息交じりで言う。
「俺もそう思うよ。お前がやるしかないんじゃない?利用者がまってるんだよ、クリスマス公演。このま
まじゃ中止になりかねないよ」
小牧も横から、それこそ正論をぶつけてくる。中止にしてもいいの?と。

 もう!なんでそうやって、皆で俺を王子にさせたがるんだ!

内心苛立つが、ここで意固地になってもいい結果は生まれてこないことだけは分かっていた。
そこへ極めつけに玄田が
「そうか。手塚は無理か」
「はい!無理です!」
「なら、王子は俺だな」
またことさら面白そうにガハハハと大笑いをするので一同が「えっ!?」と固まった。

「おい、堂上!お前がやると言わんから、隊長が舞台をぶち壊しに掛かってるぞ」
緒方の一言で事務室がまたドッと沸く。
「そうだぞー、お前がやらんからこんな騒ぎだ」
「いい加減、腹括れー」
言いたい放題の野次が飛ぶ。

仕方がない・・か。
チラッと郁を見やると、また心配そうな顔でこっちを見ている。
とっさに「あんな顔をさせちゃダメだ」と思ったら立ち上がっていた。

「ん?どうした、堂上」
分かっていながら、玄田はワザとそう問いかける。

「・・分かりました。俺が・・やります」
「なにをやるんだ?」
「何をって・・今それを言ってたんでしょうが!」
「はっきりお前の口から言ってもらわんとな」
もう完全に遊ばれてる。
ニヤリと笑う玄田に、事務室内の皆の視線に、ああ・・これは図られたか と内心苦る。

「だから分かったと言ってるでしょうが。俺が王子をやります!」

図書特殊部隊の事務室は壊れんばかりの喝采で大騒ぎとなった。
堂上は郁を見ると、心配そうだった郁の顔がニッコリと微笑んでいるように見えた。

 これで良かったのか――

もやもやとしていた気持が晴れた気がした。



これからクリスマス公演に向かって、また一騒動。
公演はクリスマス一週間前の日曜と決まった。