
クリスマスの一週間前。
武蔵野第一図書館では、大々的に宣伝していたクリスマスイベントが行われていた。
昼からのメインイベントはステージでのアトラクション。
中でも劇団の公演は今や定期公演のごとく、訪れる客の楽しみの一つになっていた。
それもこれも、ことあるごとの玄田の大袈裟過ぎるほどの宣伝効果に他ならない。
公演もこれで3回目を迎えていた。
『赤頭巾ちゃん』、『シンデレラ』に続き、今回の演目は『白雪姫』だ。
子供から大人まで楽しめるようにと毎回童話を選んでいるのも、近隣住民を大事に思っている玄田な
らではのことである。
宣伝の効果も上々。
クリスマスイベントの今回も、会場の入りは玄田の顔をほころばせていた。
「しかし、これ程までに劇団が定着するとはな」
まんざらでは無いといった顔で会場を巡回しながら、独り言のように呟く。
「あら?それが狙いだったんでしょ?」
取材を兼ねてと一緒に同行している折口も楽しそうに微笑んでいる。
この人のやる事はいつだって人の幸せを考えているんだから――。
そしてもう一つの玄田の思惑。
大事な部下達の今後の展開。
自分の幸せより他人の幸せなんだからね――。
「ん?何だ?俺の顔に何かついてたか?」
怪訝そうな玄田に折口はプっと噴き出した。
それが玄田って人だから仕方ないんだけど・・と折口は既に諦めの顔で笑って玄田を見る。
「何でもないわよ。それより今回の演目、よく堂上くんが王子様役を引き受けてくれたわね」
「結構難産だったぞ」
「難産?」
「あいつももっと素直になってくれればいいんだがな」
溜息をつく玄田に、折口は、ああ・・きっとまた無理難題を言って丸め込んだんだんだろうと察しが付
いて苦笑いになる。
「あなた相手じゃ堂上くんも大変よね」
玄田は折口のソレには答えずガハハハと大笑いで笑い飛ばす。
「そろそろ始まるか。まあ、見てやってくれ」
「そうね。取材とは言え、楽しみにしていたのよ」
折口はそう言うと、敢えて設けてもらってある取材席へと急いだ。
***
舞台裏は慌ただしい。
学芸会に毛の生えた程度の準備も、回を重ねるごとに後方支援部も乗り出してきて、大道具関係は
プロ顔負けの仕上がりを見せている。
その方面に興味や趣味のある者達がここぞとばかりに張り切っているらしい。
しかし演じるのは毎度の、プロの役者では無く普段は図書特殊部隊の面々である。
いつの公演でも同じなのだが、変な緊張で辺りは異様な雰囲気をかもし出していた。
ちょっと突けば小牧の上戸が始まりそうな堂上の王子様だったり。
強張った表情の王子役の堂上を心配する郁だったり。
緊張が頂点な手塚だったり・・。
そしてそれらを面白がっている玄田が豪快に笑い飛ばしてゲキをおくり、余計に緊張を高めるハメに
なっていた。
「おう、堂上。今回は大人しく王子様の衣装を着たな」
笑いながら玄田に声を掛けられた堂上は、眉間にいつも以上に余計に皺を寄せ、大きな溜息をつい
た。
王子様の衣装は今回も着るつもりはなかった。
衣装も大道具同様、裁縫に腕に覚えのある図書館員らが『衣装部』を作り、この日の為に腕によりを
掛けて縫い上げた。
堂上がなかなか首を縦に振らないでいた王子様の衣装は、最後の最後で「これなら・・」と渋々承諾
することになったが・・。
「まあ、そんなに面倒に考えるな。たかが劇だ」
玄田はそう言って堂上の背中をバーンと叩いた。
たかが劇――されど劇。
いつもながら、今回も原作とは微妙に掛け離れた内容の『白雪姫』になっている。
練習では本番ではちゃんとやるからと、パスして逃げてきた最後の場面。
考えるだけで動揺が走る。
どれだけ余裕が無いんだ――と苦る。
その時、着替えの済んだ郁がやって来た。
「隊長!何でこんな衣装OKしたんですか?」
恥ずかしそうで、少しムキになる郁の声がする。
その声のする方に視線を向けると、堂上はそのまま硬直した。
なんで白雪姫がミニスカートなんだ??
みごとに郁のスラリとした脚線美を生かした衣装に
「一枚500円位で売れそうね」
帰りに今日の客が買って行きそうだわ フフンと柴崎がほくそ笑む。
「売れそうとか言うな!」
「今日まで衣装チェックしなかった自分に文句を言いなさーい」
「うっ・・」
「しゃがんだりしたら丸見えだからね、あと、余り舞台前方に出ると下から覗きこまれるから注意しな
さいよ。タダ見されたらもったいないじゃない」
「も、もったいないって。そこか!」
覗きこまれるだの、タダ見だの、胸の奥がチクリとくる言葉に堂上はいたたまれない。
もし、そう言う場面が来たら「絶対阻止する」と、自然に拳がグーになっていた。
そんな堂上を柴崎は見逃さない。 フフッ!オッケーね――
そもそも堂上に聞こえるように言ったのだ。
色んな思いをのせて幕が開く―――
笑いあり、感動あり。
台本に無かったハズの玄田が、またまた熊の着ぐるみで会場に乱入のハプニングあり。
事態の収拾のため、その熊が継母からの刺客という話になり、ソレが元で白雪姫が倒れる・・という
ワケの分からない内容になった。
熊を倒さなければ白雪姫はいつまでも眠り込んで目を覚まさない。
小人たちは隣の国の強くて心優しい王子様に助けを求める。
「どうか、私達の大切な白雪姫を助けて下さい」
王子は仕方なく立ち上がったハズだったが、白雪姫の美しさにすっかり一目惚れしてしまう。
そして乱暴者の熊と一騎打ちになり・・
その時、前回同様会場から子供達がワラワラと舞台上に集まり、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎにな
って「みんなありがとう」と言うアナウンスの声と共に潮が引くかのように「ワーッ」と去って行った。
王子様は敢えて白雪姫のおでこにキスをした。
会場からは「キャアー」の声の他に「違うぞー」のブーイングも声も。
そして白雪姫がいよいよ目を覚ます。
キスは真似ごとだって台本にあったから、まさかおでこにキスをされるとは思わないでいた郁は心臓
が飛びだしそうなくらい動転していた。
目を開けて堂上を見ると、そこには優しい顔でジッと自分を見つめる堂上が居た。
ヤダ・・顔が・・
真っ赤になった顔で俯くと、堂上がしっかりと郁を抱きしめる。
いや、王子様が白雪姫を抱きしめた。
「私と結婚してください」
え?ええーっ?ビックリして顔を上げると堂上が小声で「バカ!芝居だろうが」と告げる。
あ、そうだ。これは確か台本どうり・・
そしてめでたしめでたしで舞台の幕が下りる。
会場は前回以上の拍手喝采で、公演の成功を示していた。
舞台袖の玄田はそれを見て何度も何度も頷いていた。
***
急に書き換えられた台本なのに、舞台中央で郁の扮する眠った白雪姫を見た堂上は無意識で
「キレイダ・・」
と呟いていた。
ピンマイクでその声はしっかりと会場中に流れ、小牧の上戸を誘った事は言うまでもない。
fin.