笑い上戸
「痛ぁーい。ちょ、やめてくださいってばー」
不意打ちの拳骨に、郁が悲鳴を上げるのを聞いて、小牧は勢いよく噴き出した。
「笠原さん、ありえないって」
クックッと入った上戸は今日の最大級だ。

「もう!堂上教官!いきなり不意打ちはやめて下さいって言ってるでしょー。小牧教官が笑い仮面に
なっちゃって困りますー。これ治まるまで仕事にならないですよー」
そう言って郁が膨れると
「どアホウ!お前が相変わらず迂闊だからだろうが!不意打ちじゃ無い!見てみろ、そこ!」
「へっ?」
郁が言われたとおりに前を見ると、そこは工事中の行き止まりの看板で、その先は砂利山になって
いる。
「お前は砂利の山の中に突っ込んでって、いったい何をする気だ?」
眉間にこれ以上ないと言った皺を寄せて、堂上は不機嫌極まりない。

 ひゃあー!でも、あれ?前をちゃんと見て歩いてたんだけどなぁ・・?
「アホウ!どこが前見て歩いてた?だ」
ダダ漏れのそれを聞いて、堂上はさらに機嫌が悪い。

プハーッと盛大に噴き出しているのは小牧で、郁がチラッと見やると、その仕草がまたツボったらしく
て、腹痛ぇー とお腹を抱えてうずくまってしまった。
「お前のアホさ加減は、もうどうにもならんのか?俺は頭がいたい」
「手塚、あんたまで・・」
手塚は二人の上司の様子を交互に見比べながら頭を抱えている。

「笠原。小牧はもう動けんだろう。俺と手塚で続きをするから、小牧の発作が治まるまで責任とって看
てろ。いいな!」
堂上はそう捨て置いて、行くぞ!と手塚と先に行ってしまった。

残された郁と、小牧。
相変わらずの小牧の上戸は、収まる気配を感じないほどの発作だ。
心配して覗きこもうとすると、その顔がまたツボるらしくて、
「やめてくれー」
と腹を抱えて、更にうずくまる。
「あのー。小牧教官?」
と声を掛ければ
「だめ・・話しかけないでくれー」
と、声も絶え絶えだ。

いったい、この笑い仮面はどうなってるんだ?
「ちょっともう!どこの女子高生かってのよー。箸が転がるだけで可笑しいってか!」
「だから・・やめてって・・」
郁が何か動いたり、言葉を発するだけで、いちいちツボってしまうらしい。

「小牧教官、取りあえずそこじゃ邪魔になるので、ちょっと動きましょう」
腕をとって引きずるように芝生の処へ連れて行く。
「私、ちょっと飲み物でも買ってきますから、もう!いい加減笑いやんでてくださいね!」
小牧は、「うん、うん。死ぬー」と言いながら目に涙も溜めてお腹を抱えて苦しそうだ。


郁がちょっと場所を離れている間、ずっと一人笑い転げている小牧は、遠目に見て何処か怪しい。
変な人が庭で笑っていると利用者から報告を受けたらしく、図書館員が恐る恐る近づいて来た。

「えっ?小牧二正・・ですか?」

どうにか笑いを納めようと必死になっていた小牧は、笑いをこらえながらその声の方へ振り向いた。
見れば、教育期間中に小牧が教官で教えた、今は業務部所属の女子図書館員。
そう言えば・・名前は何だったかな・・
「私です。覚えてますか?」
小牧は、うんうん。と首を縦に振る。
「わあ。よかったー。でも相変わらず笑い上戸なんですねー」
と言って笑うその女子図書館員を、記憶でなぞって思い出そうとする。
教育期間中にはそんな態度は無かったのに、馴れ馴れしく触ってくる。

 そうだ。
 この子は要注意だったんだな。

親密に接しないように、間を置いて見ないといけない子だったと思い出す。
他の隊員から話を聞いたところによると、結婚相手を探しに来たと言っても過言ではないようで、これ
と決めた相手には、相手の都合など構わず、聞く耳も持たずにアタックするとか、しないとか・・?

 うーん。これはヤバいぞ。
脳裏に一瞬嫌悪が走る。
どう見ても、今は自分が失態をさらけまくっているだけに、これを弱みに付け入れられはしないかと思
ったら、どうにか笑いが治まって来た。まだ腹は痛いが。やれやれ・・
横田と名乗ったその女子図書館員は、小牧の上戸で苦しんでいる事などそっちのけで
「こうやって小牧二正とまた出会えたってのも、運命を感じませか?きゃあー。素敵ですねー」
と、一人で世界に入りだした。
「ちょ、ちょっと待って。何言ってるの?」
「だって、普通こんな事でまた巡り合えるだなんて無いじゃないですか。図書館員がいっぱいいる中で
私が小牧二正の元へこうやって介抱にやって来る――これはもう、運命としか思えないわ」
「いや・・それはどうかな・・」
「まだ辛いですか?私が来たから大丈夫ですよ。それにしても、小牧二正がこんな苦しんでるのに、
図書特殊部隊の皆さんって攣れないんですね。可哀想に」

普段の小牧なら、相手にもしないところだろうが、見つけられた瞬間がいけなかった。
 笠原さん、何処まで飲み物買いに行ったんだか・・
後の頼りは郁が戻って来ることだ。

やっといつもの小牧に、立ち直った。
その時はすでに図書館員のその子は小牧にしな垂れかかっている。
必然的に抱きとめるように、押さえ込んでいた。
 これは困ったな。

そして運が悪い事が重なる。
そこに、ちょうど高校生が数名通りかかった。
「きゃあー、何々、こんな昼間っから芝生の上で、やっばーい」
「馬鹿ねー。見ちゃダメでしょ」
そんな声が聞こえる。
すると、
「あれ?あれって、中澤さんの・・?」
「えっ?・・あーーー!!」
大きな叫び声が聞こえ、小牧は背中にスーッと冷たい物が流れた。
有り得ないピンチに、肝を冷やす。

 おい。俺はこれからどうなるんだ?
 とりあえずこの女は、どうにかしないとだな
 毬江ちゃんにはちゃんと説明したら、きっと分かってくれるハズだから

「悪いが、そこをどいてくれないか」
思ったよりも冷たい声が出た。
しかし、図書隊員の女は一向にそれが読めないらしく、絡みついた手を離さない。
「小牧二正とお付き合いできるなんて夢のようですぅー」
とか、トンチンカンなことを言っている。

 俺はこんなバカな女は見たことないぞ

「横田さんだっけ?」
「は〜い」
 う・・辛いな、こいつは。
「悪いけど、俺は彼女いるから、君とは付き合えないよ」
「またー。男の人はすぐそんなこと言って、気を引こうとするんですから」
 これのどこが?気を引いてるって?
「どう言えば分かってくれるかな?俺は君とは運命も感じないし、付き合うつもりも無いって言ったら
分かってくれる?」
イライラしている分、優しく言ったつもりが、随分キツクなったな・・と、眉間に皺をよせ、まるでこれじゃ
あ堂上だな・・と自分で突っ込んでしまう。

と、今まで能天気でくっついていた女子図書館員が急に静かになった。
ん?と見ると、ボロボロ涙を流している。
 それ、何かの芸か何か?よくそんなに涙が急に出るよねー 
突っ込みたくなったが、そう言うワケにもいかず、声のトーンをやや優しめにして
「泣かないで。どうしたの」

そう尋ねた時に、小牧の携帯がブルッと震えた。
「ちょっとごめんね」
そう言ってから携帯を開けてみると、毬江からのメールを受けていた。

『小牧さんが図書館の芝生の上で知らない女の人と抱き合ってたって、お友達から聞かされたけど、
嘘だと思ったのに・・その人誰ですか?』

これは見える場所から見てると思えるような内容だ。
女子高生は情報が早い、と、今更思っても遅い。
 今日は厄日か何かか?
 何でこんな目に遭ってんだか・・
小牧は辺りをキョロキョロと見回した。
少し離れた場所に毬江を確認する。

と、そこへやっと郁が冷たい飲み物を抱えて戻って来て、毬江に声を掛けているのが見て取れた。
 うっわー。これはどうなるんだ?
小牧は目眩すら覚えた。

「小牧きょうかーん。・・あれ?」
その人、何ですか? と覗き込むとその女子図書館員に睨み返される。
はっ?
「笠原さん、困ってるんだよ。何だろうね、この勘違い極まりない人って」
と、小牧は困り切って疲れたように毬江を気遣って笑う。
「あんた!小牧教官が困ってるじゃない。何の用だかしらないけど、とっとと仕事に戻りなさいよ」
郁が語気も強くそう言い切ると、
「なーんだ。面白くない。もうお終い?つまんなーい」
そう言って、その女子図書館員は郁と毬江を交互に見るとその場に立ち上がった。

「あんた笠原郁でしょ?あんたは堂上二正じゃなかったの?小牧二正と二股だなんて、よくやるわね」
「はあ?ふ、二股って??ちょ、待ってよ。なにそれー」
「まあいいわ。まだいい男いっぱいいるから、今回は見逃してあげる」
フフフと笑って、女子図書館員はその場から去って行った。

唖然と見送る三人。
「あ、あの。いったい何が?」
「うーん。ようは、勘違いなおバカさんが居たって事でしょ」
またクックッと笑う小牧に、郁はまったくチンプンカンプンだった。

「あのね、毬江ちゃん。勘違いだからね。俺の大事な人は一人だけだから」
小牧はそう言って毬江の頭をクシャっと撫でた。

あ・・堂上教官と一緒だー。と思う。
それにしても、二股だなんて・・ 言うに事欠いてなんて事を!
『あんたは堂上二正じゃなかったの?』って、えー!?なにそれ。どう言う事??

赤くなったり一人百面相の郁を見て、また小牧の上戸が・・
「ヤバい!笠原さん、もう止めて!」と。

上戸が戻ってしまった小牧に郁は
「これ飲んで落ち着け!笑い仮面!」
と、ジュースを投げた。


そもそも今、俺がやばい事になるところだったのは、笠原さんが原因を作った気がするんだけど。
まあいいか。
小牧は笑いながら、毬江に受け取ったジュースを渡した。
俺のお姫様は一人だけだから・・ね。
小牧の気持ちが分かったのか、毬江はニッコリと笑うとコクンと頷いた。

                                                fin.




ぽんさん リクエストありがとうございました。
「あたふたする小牧(コメディタッチ)」とのご要望でしたが、どうかなー・・汗
まだあたふたさが足りないですかね(笑)
小牧中心ってのは初なので、楽しんで書かせてもらえました。
いっぱい書いちゃった(^^ゞ
て、事で、今週はこまっきー特集です。
(2008.12.08)

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