尻尾をつかめ

館内警備で閲覧室の巡回をしていた時、顔見知りの少女に出会った。
頻繁に訪れている上に、小牧のお姫様と言われているので、郁もすっかり承知で声を掛ける。

「こんにちは。今日もいいお天気ですね」
はい の代わりに、とびきりの笑顔で返事が返ってくる。
「小牧教官は、もうちょっとしたら来るかなあ。今日は手塚とバディだからね」
と伝える。
小牧の名前を出すと、パアーっと花が開いたかのように嬉しそうな笑顔になるその女性、毬江に、郁
はいつも可愛いなぁと顔がほころぶのだった。

「毬江ちゃん。聞いていい?」
なんでしょう?と言わんばかりに、首を傾げてニッコリと毬江は微笑む。
そして、頭を縦にコクンと一つ。
はい の合図だ。

「小牧教官のどんなところが一番苦手?って言うか、直してくれたらなあって思う処ってどんなとろ?」
毬江は まあ・・ と驚いたような顔になる。
そして、うーん と考え出した。
そして携帯を取り出すと、いつも郁が感心するほどの速度でカシャカシャと打ち込んで、郁にその画面
を提示する。

『何でそんなこと聞くんですか?結構難しい質問ですね』

あ、これって毬江ちゃんでも難しいのか。
へえー。
柴崎いわく、『たぬき』の尻尾はどうやったら掴むことが出来るのだろう。
柴崎ですら、敵に回したくない存在と言うくらい、なかなか失態の尻尾は掴めない。

「なんでって言われても、意味はないんだけどね。思いつきって言うか・・毬江ちゃんなら小牧教官の
事、何でも知っているのかなーって思ったからなんだけどね」
変なこと聞いちゃってごめんなさいね と舌をエヘっと出して頭を掻く。

『いいんですよ。そうですよね。小牧さんって、いつもピシッとしてますもんね』
携帯の液晶画面を郁が読むと、毬江は続けて超スピードで続きを打った。
『私も、慌てている小牧さんを見てみたい気がします。怒られちゃうかしら・・』

読み終えて毬江を見ると、恥じらうように耳まで赤くなった毬江がそこに居た。
うわぁー やっぱ可愛いなあ。

と、そこへ――
「笠原さん。毬江ちゃんのこといじめてた?」
小牧のちょっと刺すような声がした。
それは、赤くなって俯いている毬江を見てのことだろう。
「やだなー。小牧教官。いじめてなんていないですよ。ね、毬江ちゃん」
毬江に同意を求めると、何やら携帯に打ち込んだメールを小牧に見せている。

本当に、嬉しそうな幸せそうなその顔に、恋する女の子っていいよねー と郁の顔は緩み切ってニヤ
ニヤしてしまう。
その郁の顔に小牧が気がついて、プハーッと上戸が入った。
見ると毬江も一緒になって笑っている。

いい雰囲気の二人にあてられて、今度赤くなるのは郁の番。
 もう!小牧教官の狸の尻尾、いつか捕まえたいなぁ――
「たぬき?」
思っていた言葉がダダ漏れで、ぎゃあー、何でも無いです! と逃げるようにその場から立ち去った。



その足で柴崎の処へと向かう。

「どうしたのよ。そんなに焦って。また何かやらかした?」
ウフっと笑う柴崎も、なんだか今さっき会ったばかりの小牧とダブって、郁は舌打ちをする。

「ねえ。小牧教官をギャフンと言わせることって出来ないかな?」
「あんたって何を考え付くと思えば」
ケラケラと笑われ、郁は面白くない。
「そうね。私としては、あんまり関わりたくない人?って言うかねー。無理やり絡みたくない人よね」
「そう言わずにさー。協力してよー」
気乗りのしない柴崎は、私は関係ない事にしてね という事を約束させて
「じゃあ・・」
と、郁に知恵を授けた。
とは言え、郁には分からないだろうか、面白がっているのは確かだ。
まあ、どちらに転んでも面白い――みたいな?
フフフと笑って、頑張んなー と郁の背中を押した。



それは単純な事で。
まあ、そんな事で小牧があたふたするのかどうかは、郁以外の人には想像も出来ないことだ。

まず、さっき会ったばかりの毬江を探す。
出来れば小牧とは一緒に居てもらいたくない。
閲覧室を隅から探し始めたら、直ぐに見つけた。
そっと近寄って肩をポンと叩く。
「さっきはどうもー」
エヘヘと笑いながら声を掛けた。
毬江は可愛らしい笑顔でお辞儀をする。
 あー、ちょっと心が痛むなあ・・
そう思うが、これも小牧をギャフンと言わせる為だと、自分を納得させる。
もう、なんでギャフンと言わせたかったのか分からなくなっていたけれど・・。

説明ももどかしいので、あらかじめメールに打ち込んだ画面を毬江に見せる。
まあ・・ 読み終えて驚いた毬江に、顔の前で両手を合わせ「お願い」をする。
『小牧さんにヤキモチを妬かせるって、どうすればいいですか?』

そう。柴崎が郁に授けた知恵とは――
小牧にヤキモチを妬かせること、と言う単純な事だった。
毬江としても、そんな小牧も見てみたかったらしく、すんなり了承してくれた。

 でも、どうしたらいいのですか? 

取りあえず男友達と図書館に来て仲良さそうにしてもらうという、至って簡単な方法を取る事にした。
そして、その至って単純なそれが、妙に効果を発揮する。



毬江としては普通に同級生と図書館に通っているだけだった。
郁からもそれでいいと言われていたので。
なので、二人きりと言うワケでは無く、数回仲間で図書館に通ってみることにしただけだ。
それでも頻繁に閲覧室を出入りする事のない特殊部隊の小牧は、たまに警備で回っている時に仲
良さそうに話す同級生と毬江を目撃する事になる。

小牧にしてみれば、小さい頃から知っていて、毬江の両親にも信頼されていると言う周知の事実が
その先にと進めない理由になっている上に、大人の自分が毬江の同級生が接するように出来ない
と言う自負もあった。
郁相手に手も出せない堂上には「優しいんだか気弱何だか」と苦言が言えるくせに、振り返ってみ
れば、いろんなしがらみで動けないのは自分の方かもな・・と思う。

同級生のように、ああやって仲良く普通に会話することさえ出来ない歳の差を感じていると言う事を
嫌と言うほど痛感する。

確かに小牧を確認すると、満面な笑顔で駆け寄って来る毬江だ。
しかし、ああいった輪に入っている時の楽しそうな毬江が眩しく見える。
あそこに一緒にいる男の子が、何気なく毬江に小突かれる男の子が少し、いや、かなり妬ましくも
あるのも事実だった。

実はそんな思いをするとは思わなかった。
自分は毬江に関しては寛大だと思っていたのに・・。
そして高校生の時とは違って大学生になった毬江は、自分が思う以上に素敵な女性になっていた。
制服姿では無くなった毬江は寛大な心の許容範囲をはるかに超えていた。

チラッと閲覧室の中の楽しそうに歓談しているカップルに目が行って驚いた。
 毬江ちゃん・・?

それから数日、同じ光景を目撃する事になる。
それでも小牧を見つけると、いつもの笑顔で駆け寄ってくる毬江だ。
いつものように会話して、じゃあお仕事頑張ってね とまた閲覧室の男の子の所に戻って行く。
何も変わりはないのに・・。

 あんな男の子に嫉妬しているとはな――

フッと自分に小さく笑った。
これは、毬江ではなく、自分サイドの問題。
毬江の気持ちは揺るがないものだと信じているから、信じれるから。

 まったく、困ったもんだね――


通路を曲がったところで
「小牧教官」
と郁が声を掛ける。
あれから数日、出来る範囲内で、毬江と小牧を観察していた。

「どうしたんですかー?何だか落ち着かないようですけど?」
と誘導尋問だ。
「ん?そう?」
まさかウオッチングされているとは思っていないので、小牧は態度に出てたかな・・と今さっきの自分
を振り返ってみる。
しかしすぐにいつもの小牧に戻って、にこやかな笑顔で切り返す。
「何でそんなこと聞くの?」
「だって、毬江ちゃん来てるのに声も掛けないからどうしたのかなーとか・・」
「そう。毬江ちゃん来てるんだ」

あれ?来てるって知ってる筈じゃなかったのかな・・?と郁はチンプンカンプンな顔になる。
クックッと笑いながら小牧は
「笠原さん、ありがとう。いつも毬江ちゃんのこと気に掛けてくれてるんだね」
「はあ・・」
「笠原さんがそうやって見ててくれたら、悪い虫もつかないかな」
それって・・?
冗談ともつかない発言に、もしやバレてる?と内心冷や汗なのは郁だ。
エヘヘヘと頭を掻きながら、その場を退散する。

やっぱり、小牧教官は煮ても焼いても食えない人だと思う。
尻尾はなかなか出そうも無い。

柴崎にそれを話すと へえ〜 っと言ってニンマリと笑った。
尻尾は出しはしなかったけど、確実に慌てただろうと言う事は推察できる。
そして、柴崎の思惑通り、どちらに転んでもいい展開になったようだ。

それは――
小牧の毬江への気持ちは、確実に深まったと言うこと。


                                                fin.


きっと誰も小牧教官の尻尾は捕まえられないんだろうと思うよ。
掴めそうだと思った瞬間スルッと逃げちゃいそうだ。
で、郁は何気にやってることが二人のキューピッド役になってたりするんだよね。
とか、思った(*^_^*)
(2008.12.09)

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