
「今年はよく雨降るよねー」
郁は窓の傍に立って、外を眺めながら誰にともなく、呟く。
「そうだね。それも小雨とかじゃなくて土砂降りが多いよね」
問いかけたワケでは無かったのに返答が返って来たので、驚いて振り返ると小牧がいつになく気難
しい顔で郁を見ていた。
珍しー 小牧教官の笑ってない、しかめっ面ってあんまり見ないから貴重かもー
そんなふうに思いながら
「はあ。そ、そうですよね。土砂降り多いです」
と、返すと驚いたその気持ちも伝わったようで、今度はいつものような笑顔の小牧が、
「うん?何か変なこと言った?」
と言う。
あれ?キノセイダッタのかな?
「いえいえ」
慌ててぶんぶん手を振って、エヘヘと笑って小牧を見る。
やっぱりいつもの変わらないにこやかな表情。
そう言えば前に柴崎が小牧を例えて『たぬき』って言ってたなあ・・と思い出す。
それともやっぱり気のせいだったのか・・。
「笠原サボるな!まだ終わってないだろうが!」
「分かってます!今やるところです!」
堂上の怒鳴り声で慌てて席に戻ると、慣れない書類整理に追われて、いつの間にか小さく引っ掛か
った小牧のことは忘れてしまっていた。
そんなある日の午後。
いつも穏やかで卒の無い小牧が、ちょっとしたミスをした。
郁ならいつもの事で「またか。なにやってる!」と堂上から拳骨付きでお小言がきて、皆の笑いすら
買うところだ。
「笠原、またお前か!いったい何度言ったら――」
堂上がそこまで言ったところで
「悪い。それ、俺」
小牧が挙手をして、自分がやったと言うので、堂上は目を丸くして怪訝そうだ。
「小牧、笠原の為にならん。庇わなくていいぞ」
「ひどっ!なんで、何かやらかすと、私なんですか!」
ぷうーっと膨れた郁に
「お前はいつも迂闊だからだ」
そんなのは当たり前だと、取り合わずに堂上は小牧の方を見る。
「どうした?何かあったのか?」
「心配した?悪い悪い。でも何も無いから。ちょっとボーっとしちゃったのかな」
堂上にもいつものように笑顔で応える小牧だが、それでもやっぱり腑に落ちない。
「ボーっとしていたって、笠原でもあるまいに」
ついポロっと出てしまう言葉に、郁がいつものように反応して
「ちょ!なんですかーそれ!私がいつボーっとしてたと――」
「いつ?それを言われたら、いつとは言い返せないくらい、しょっちゅうだろうが!」
「ひどーっ・・」
ギャアギャア騒ぎ出したのを見て、クックッと上戸が入り、ああ・・やっぱり小牧だな とは思うのだが。
・
その日の日報を書き終わり、小牧が「おさきー」と堂上に声を掛けた。
堂上は書類に目を通しながら声だけ掛ける。
「小牧」
「何?」
「今日、後で俺の部屋へ来い」
「言われなくても」
小牧も短い会話で、そのまま事務室を出る。
お互いそれだけで充分だ。
・
「入るよー」
「ああ」
待ちかねた小牧がやってきたのは、図書館で借りてきた新書を半分程読んだ頃だった。
いつものようにビールをつまみを抱えてやって来た友人が部屋に入るなり
「お前、最近外ばかり見ているだろ?何かあったか?」
堂上はそう問いかけた。
小牧は笑顔は崩さないまま、それでも手にした荷物を置く手が止まった。
「ふうん。流石班長だね」
「茶化すなよ。笠原なら分かるが、書類を置き間違えるなんてあんなミス、普段ならしないだろうが」
「だから言ったろ。ちょっとボーっとしてただけだって」
ほら、飲みなよ と小牧は相変わらずニコやかにビールを勧める。
ああ と受けながら堂上はプルタブを開け、思いついた言葉を言った。
「毬江ちゃんに何かあったか?最近見かけないが・・」
言われるという予想はしていたのだろう。でも、その反応はやはり普通では無くて。
「言って楽になるなら、話くらいは聞けるが。どうだ?」
「毬江ちゃんは大丈夫だよ」
小牧はそう言うと、ふうーっと溜息をついたのを堂上は見逃さない。
眉間に皺を寄せた堂上に、やだなあ と小牧は一蹴して、最後まで「大丈夫」を繰り返した。
*
翌日も朝から雨降りだった。
「今日も土砂降りになるんですかね?毎日こう雨ばっかりだとうっとうしいですよねー」
郁は、バディの小牧にそんな話を振る。
「うん。そうだね」
にこやかな笑顔の小牧はいつもの小牧で、でもいつもよりは言葉少ななのには郁は気が付かなかっ
た。
図書館棟から公共棟への通路で、ふと小牧が足を止め窓の外を見る。
郁も気がついて足を止め、外を眺める。
「誰か居ましたか?」
「ん?そういうわけじゃないけどね」
そこでふと思いついた事がそのまま口からこぼれ出た。
「そう言えば、最近毬江ちゃん見ませんよね。喧嘩とかしちゃったりとか?」
言った郁が、ビクンと肩を強張らせた。
うっわー こっわー
小牧の顔から笑顔が消えて、見たことも無いような怖い顔だ。
でも、次の瞬間、またいつものような笑顔に戻っている。
「笠原さんが心配するようなことは無いから大丈夫だよ」
「でも、今の顔怖かったですよー」
と、言わなくてもいい事を言ってしまうと、プハーッと小牧は噴き出した。
「わはは・・。笠原さんって、正直ものだよね。黙ってられないと言うかさー。でも、そんな所、堂上とそ
っくりなんだけど」
「な!なんでそこで堂上教官が出てくるんですかー。もう!」
そう言いながらも、耳まで赤くなる郁に
「笠原さんは素直で可愛いね」
と、付け加える。
その時小牧のケータイがブルッと振れた。
携帯のメールを見ていた小牧の顔がまた強張っている。
「小牧教官?何かありました?また怖い顔してますよ」
「笠原さんには敵わないな」
小牧の顔はそう言うと、フッと緩んだ。そして、
「毬江ちゃんがね――」
そう言い掛けて なんでもない と続けると
「ほら、仕事中だよ」
と、先になって歩き出した。
絶対何か変!と踏んだ郁は、休憩が入るやいなや柴崎がいる受付カウンターへ急いだ。
思い付く事全てと、今まであったことなんかを柴崎に話すと
「ふーん。それは興味あるわね。ウオッチ物件だけに」
と、話に乗って来た。
『小牧教官と毬江ちゃんが喧嘩?疑惑』
「だって、最近まったく姿を見ないでしょ」
「そう言えばそうねぇ。見掛けないわ」
「ほら。でしょ?」
郁は これはきっと喧嘩したのよ と、気がついたのは自分だと言わんばかりに得意そうだ。
「堂上教官はなんて言ってるの?」
柴崎の問いかけに、郁はハッと肩をすぼめた。
「あんたには情報屋は無理ね」
バッサリと切られる。
いつの間にかその噂は小牧自身の耳にも入って来た。
なんだかまた皆に迷惑を掛けちゃってるのかな――
ふうーっと溜息をつく。
喧嘩じゃないんだけどね・・。
そしてまた、止まない雨空を眺めた。
*
それから数日後、久々に抜けるような青空になった。
「うーーん。やっぱいいですねー。気持ちいー!」
今日のバディの小牧にそう言うと、澄んだ空気を吸い込んで、郁は気持ちよさそうに深呼吸をする。
「そうだね」
小牧はそう応えると、青空を見上げた。
『疑惑』以来、それには触れずに様子を見ていた郁だったが、気持のいい青空と澄んだ空気のせい
か、思っていたことが自然にスルリと言葉になって出る。
「そう言えば、毬江ちゃんどうしてるんですか?」
言ったあと、あっ と気がついて口を押さえる。
いいよ、気にしないで と小牧は笑いながら
「何だか皆に心配掛けてるみたいで申し訳ないね」
と言う。
「あの・・心配と言うか、その・・」
しどろもどろの郁は、冷や汗を掻きながら、余計なこと言ったかなーと立場が無くて他を窺った。
「あはは・・笠原さん。普通にしてて」
いつもと変わらない穏やかな小牧はそう言ったあと、少し顔を強張らせて言った。
「毬江ちゃんの事で嫌な思いさせちゃったとしたら、ごめん。でも何でもないんだ」
喧嘩じゃないからね、ホントだよ と笑う。
喧嘩じゃなかったとしたら、何だろう?
小牧教官がこんなに落ち込んでいるとしたら、他に何があったんだろう・・
決して尻尾を出さない小牧に、ちょっとくらい頼りにしてくれてもいいのになーと拗ねてみる。が、
「笠原さん、相変わらず可愛いよね」
と、茶化されてしまった。
決して多くを語らない小牧。
明け透け過ぎる自分みたいなのも嫌になるが、一人で抱え込まないで皆に何でも言っちゃえばい
いのに・・と郁は思う。
心配掛けないって、要らない男のプライド!?
せめて友人の堂上教官にくらい頼ればいいだろうに。
その日の午後、堂上班は事務室で書類の整理をしていた。
そこへ柴崎から小牧へ連絡が入った。
「小牧教官、毬江ちゃんが来ましたけど、どうしますか?」
落ち着いた小牧らしからぬ勢いで、ガタっと立ち上がると
「堂上、悪い。ちょっと行っていいかな」
と言うが、それはとてもNOとは言えないような雰囲気をかもし出していて、堂上が返事をする前に
既に事務室から飛び出していた。
うわー、小牧教官もやるぅー
何だかのドラマみたいでいいじゃん!と一人ごちていると、後ろから拳骨が落ちた。
「何で今、拳骨?」
痛いんだからもう! 頭に手をやりながら振り返ると
「アホウ。ふざけてるんじゃない。ちょっと毬江ちゃんが入院してて大変だったらしいぞ」
と、堂上が真顔でそう言った。
「ええーっ!喧嘩してたとかじゃなくて?入院?だ、大丈夫なんですか?」
「俺も詳しくは聞いて無いが、もう大したことはないらしい。でも、退院してからも雨降り続きで、しか
も土砂降りみたいな雨だったろ。なかなか外出出来ないって言ってたからな。心配で仕方ないんだ、
茶化すんじゃないぞ!」
堂上はそう言うと、ジロリと郁を睨みつけた。
だから。それ、怖いですってば!
ハイ。と頷いてから郁は窓から見える空を見る。
今日は本当に朝から気持のいいくらいの青空だ。
きっと今頃小牧教官と毬江ちゃんは・・・
ふと思い描いて顔が緩む。
郁の頭の中は、堂上に何を言われても、やっぱり何かの恋愛ドラマに変換されていく。
それにしても、堂上教官って、ちゃんと今回の事を聞かされてたんだと気付く。
それでも、郁には内緒にするあたり、ホントに男ってば!と憤慨するが、それと一緒に、男の友情?
ってのも感じた郁だった。
fin.
リクエスト頂いて、一番最初に書いたのがこれ。
でもさー、全然あたふたしてくれないのだよ、小牧教官。
どんな時も人には気付かれないように、気持ちを処理しちゃうんだろうなーと思う。
けど、きっと心の中はスゴイことになってるんじゃないか!?
とか・・(#^.^#)
(2008.12.10)