いつだって正義の味方 【1】
武蔵野第一図書館とその近隣の幼稚園は、提携している農家や商店、企業が周囲にいくつか
ある。
子供の健全な成長には、大人たちが温かい目で見守りつつ周囲の環境の充実が自己の形成
に役立つ・・などと 分かったような分からないような大義名分の下、いろんなイベントやら各種
体験などが行われていた。
それこそ自由な発言には良化隊の検閲が入るので図書隊は子供達や企業寄りになる。
いろいろな行事に、必要最低人員が毎度のように駆り出されているのだった。
季節は秋。
実りの秋とよく言ったもので。
本当に秋は美味しいものが沢山ある。
そして今日は、さつまいもの イモ掘り日。
武蔵野第一図書館には近くの幼稚園の子供達とその親達が先生と共に集まって来ていた。
今回は堂上班と青木班それと業務部から数名が付き添うことになっている。
「任せなさーい。こんなことはお茶の子さいさいよ」
柴崎にしてみたら大したことでは無いようで、事前に示し合わせていたので、業務部のメンバー
の中に柴崎もちゃっかり含まれている。
こと堂上班は劇の発表以来、母親や子供達には絶大なる人気がある。
イモ掘りは数回行われるが、各幼稚園側から 是非堂上班へ という陳情も多いらしい。
今回もどうやら幼稚園側で、くじ引きだの話し合いが行われたらしと聞き、数日前から堂上の機
嫌がすこぶる良くないのだ。
そんなうろたえる教官の姿はあまり見れるものでは無いので、郁としては楽しくてしようがない。
「今日も声掛けられてたね、堂上」
小牧が楽しそうに笑いながら堂上をからかいにかかる。
折角だから、ここぞとばかりに郁も便乗する。
「堂上教官、いい笑顔でしたよー」
「そうだよね。頑張ってたよね」
「ホントに。私にもあの笑顔でいつも接してもらえると嬉しいな〜とか思っちゃいましたもん。いつ
も怖い顔ばっかで」
「笠原さん、それ、無理!」
郁が堂上の顔真似をして仏頂面を作ると、クックッと小牧の上戸が入る。
堂上は、館内警備にあたっている時に子供連れの母親に幾度となく呼び止められていた。
にこやかな笑顔はそれこそ営業用のソレで、堂上自身でも数回続くと笑顔も引きつっているのが
手に取るように分かるのだ。
まだまだ続く2人の会話を聞きながら、堂上の眉間に皺が寄る。
「ご愁傷様〜」
小牧の振りに
「うるさいっ」
と返しながら、幼稚園の親子もそうだが こいつらも厄介だ と、更に不機嫌が×2になる。
数日後には文化交流会で 劇の披露が控えていた。
沢山の利用者からの声のリクエストで、今回もまた堂上班の出演が決まっている。
それについても きっとイモ掘りをしながら親達に公演の事を問いただされるだろうと考えれば堂上
の不機嫌が増す事ばかりだった。
不機嫌は増しても、図書館利用者にはそんな顔はできない。
「余計なお世話だ。俺のことはいいから、早く園児と親御さんをバスに乗せろ。集合時刻は過ぎて
るはずだが?」
母親達に営業用の笑顔を向けた後で郁達に振り返った堂上は、笑顔の反動でいつも以上に仏頂
面になっていて、そこがまた小牧のツボだったりする。
上戸が入って答えれない小牧に代わって、それについて郁が答える。
「それが、幼稚園側からもう二組の親子がまだ来てないから待ってくれと言われてまして・・」
「そうか。しかしもう時間だ。点呼をとってもらって、集まっている皆はバスに乗って待ってもらうとす
るか」
「はーい。幼稚園側に伝えてきますね」
「ああ、頼む。それから 『はい』 は伸ばすな!」
ついさっきまでのからかい口調になってしまっていたことに気づくがもう遅い。
怒鳴り声と一緒に拳骨が飛んできたので、今度はちゃんと敬礼つきで「はい!」と応えた。
ちょっとからかっただけなのに拳骨は無いだろー と余計な事を言えば更に拳骨が上乗せになる
ので、それはすんでで飲み込んだ。
郁は腕時計に目をやると、集合時間の9時を既に20分も過ぎている。
出発時間は9時半になっているので、間に合わないわけではないのだが、あまり遅くなると時間
に厳しい堂上のことだ、そうでなくても機嫌が好くない。
その不機嫌を園側に向けれない分、自分たちに向けられるのはいくら鈍い郁でも分かる。
図書館側からの意見ということで幼稚園に伝えた。
引率の先生はどう見ても郁より若く、申し訳なさそうにしきりに すいません と頭を下げている。
何度か図書館へも来ている人で、郁も少しは話をしたことがあった。
点呼は終わっていたので、バスに乗り込んでもらう。
バスガイドもどきに先生と一緒に、バスに乗り込む親子に おはよう とか いっぱいイモ掘ろうね
とか挨拶をしていると、顔馴染みの女の子が郁の制服の袖を何度も引っ張って何か言いたそうな
ことに気がついた。
「ん?どうしたの?おトイレ行きたくなったかな?」
女の子の目線になるようにかがんで声を掛ける。
小さくても女の子は女で、しかもこのくらいの年頃はやけにおませだ。
女の子は口を尖らせながら首を横に振る。
「おねえちゃんその言い方、レディに失礼よ。声掛けたからトイレって思わないでよねー」
「あはは・・ごめん、ごめん」
いつもの習慣で、堂上に何かあると トイレか と聞かれ、いつも膨れっ面になってるのに ついつ
い同じ事を言ってしまう自分が情けない。
愛想笑いで頭を撫でながら どうしたの と、聞きなおす。
郁がいつも堂上に撫でてもらっているからというワケではないのだが、女の子も頭を撫でられるの
は満更でもないようで、そんな所は一緒だなあと と思いながら郁は、自分も子供か!と、一人で
心の中で突っ込みを入れる。
「まあいいわ。おねえちゃん可愛いから許してあげるわ」
いやに偉そうな女の子に苦笑いしながらも
「はいはい、ありがとね」
と、頭を撫でる。
「あのね、マサトくんがまだ来ないの」
「ん?マサトくん?ああ、まだ来てないのはマサトくんて言うのね」
「どうしたのかなあ」
小さいながらも、おませさんなこの子はマサトくんが大好きなんだ と、思うと何だか微笑ましい。
「どうしたんだろうね?でも、もうちょっとしたら来るから大丈夫だよ」
そんな根拠もない事を言うと、女の子の心配そうな顔がパアーっと明るくなる。
「ホント?」
「うん」
「良かったぁー」
嬉しそうな女の子の顔を見て、何やってるんだー早く来いマサト! と郁は心の中で苦笑いだ。
「いつもはね、運動会とかね、お遊戯会とかね、真っ先に来てるんだよマサトくん」
「へ?」
「なのに今日は居ないんだもん。昨日、マサトくんのママがね、園長先生と喧嘩してたから・・」
「マサトのママと?園長先生が喧嘩?」
あらぬ方向へ話が向いて郁は怪訝な顔になる。
傍にいた先生を振り返ると、困った顔で頷いた。
よく分からないが、とりあえず堂上に報告することにする。遅刻の原因かもしれないし。
「えっと、ユミちゃんは先にバスに乗っててね」
胸に付いている名札を見ながらそう言うと、後は先生に任せて堂上の処へ向かった。