父の思い

その日 朝から郁は憂鬱が服を着て歩いているような 見ていて哀れな風体だ。
茨城の実家から 両親が勤め先の見学にやってくる。

数日前から分かってはいた事なのに いざその日が来ると 逃げ出したい心境になる。
業務のシフトを班ごと図書館業務に当ててもらっているのが 少しは救いだ。
いつもの面々が側にいてくれるだけでも もし何かあってもどうにかなるかも・・


「はあぁ・・・ どうしよう・・ 堂上教官 なにかあったら助けて下さいね」
「いい加減に腹くくれ!そもそも おまえがちゃんと話をしていなかったからだろうが!」
知らん!と 書類に目を通して 何だか忙しそうだ。
「えーっ そんなぁ・・」
頼りにしているんですからね!

堂上は 知らん!と言ったが 知らないどころか 気になってしょうがない。
書類に目を通すが どこをどう読んでいるのか いっこうに進まない。
なんで 俺まで緊張してるんだ・・くそっ!


「ご両親来られたわよ」
柴崎が知らせに来る。
 
ぎゃあぎゃあ叫ぶ郁に「何やってるんだ 早く行け!」と堂上が怒鳴る。
「ハイ!」と 思わず敬礼して立ち上がる郁。
「バカ なにやってるんだ 貴様!図書館員は敬礼なんかしないぞ!」
うわぁー 困ったぁー どうしようー 敬礼は無し 敬礼は無し・・
言い聞かせながら 郁は部屋を出た。


「あいつ 大丈夫なんですかね」
怪訝な表情の手塚。

もし 郁が両親に防衛部員という事がばれて連れ戻されたら・・
その不安が堂上の気持ちをイラつかせる。

なんで俺は不安になる必要があるんだ。その方が あいつにはいいのかもしれない。

いいのかもしれないが 今は 郁を手放したくない堂上だった。
小牧が堂上の肩をたたき
「フォローしてやろう。行こうか」
そうだな 力強く頷く。


多少ヒヤヒヤする場面もあったが 皆のフォローのかいもあって2泊3日をこなし 何とか両親は納得
して無事に帰って行った。

前日の夜 郁の父・克宏に「よろしく頼みます。あなたのような上司で私は安心して郁を任せて田舎へ
戻れる」と 郁を託された堂上。
その時の事が 脳裏から離れない。
顔が強張っていたのだろう 小牧が心配して「何かあった?」と聞いてくる。
「ああ」と頷き 「いや だいじょうぶだ」と続ける。
「何かあったら言えよな。ひとりで抱え込むなって。悪い癖だよ」
小牧の声に まだ強張ったままの表情で 無言で頷く。

そこへいつもの調子の郁が 戻って来た。
「ありがとうございました。お陰で 父も母も喜んで帰って行きました」
と頭を下げる。そして「疲れたぁ〜。もうダメー」と 自分の席に座り込む。
「笠原さん 良かったね。連れ戻されなくて」
と小牧。
「オレはもう ヒヤヒヤしっぱなしだったぞ。お前のお父さん オレにもレファレンスしてくるしさ」
と手塚。
「あは。いやぁ すみません。もう 何言われても 今回はしょうがないです」
郁は頭をかく。
そんなやり取りをして あれ?と違和感を感じた。

堂上が 何も言ってくれない。と 気付く。
「堂上教官。ありがとうございました。教官には一番面倒かけちゃって」
「いや お前の上官だからな。これくらいは 仕方ない」
そう言ったあと いつもなら頭をポンと叩くのに・・ 今日の堂上は表情も硬い。
「堂上教官 もしや父に何か言われましたか?」
と おそるおそる聞いてみる。
堂上は えっ と驚いたような顔をしたが「何も言われてない。大丈夫だ」とまた無表情になる。
これ以上 もう何も聞けないといった顔だ。



前夜 克宏は堂上の部屋を訪ねていた。
世間話から 郁の仕事への適性 図書館のありかたなど いろいろな話をした。
一つ一つが真面目で丁寧な問いかけに ごまかしは出来ないと感じ 堂上も 誠意を持って答えた。

不意に克宏が
「あなたのような方が側に居てくれて郁は幸せ者です。いつまでも可愛がってやってください」
「そ、そうでしょうか」
「郁からの手紙に あなたの事が書かれていたことを先日も言いましたが 実は私は あなたという人
も見ておきたかったのです」
それは いったいどう言う・・ 怪訝そうに克宏を見たのが分かったのか 克宏は
「父親の勘・・とでも いいますか」
勘??さらに困惑した堂上に 克宏は続ける。
「私は あなたのような方に 郁をもらっていただけないかと・・そんなふうに思っているのです。失礼な
事を言っているのは承知の上です。しかし 昨日今日とあの子を見ていて そう思わずにはいられなく
てね」
迷惑でしたか この話は・・と 克宏は笑いながら
「そんなに気にしないでください。ほんのたわごとですから」
「でも 考えていただくと嬉しいのですがね」

そして帰った後の部屋に『新世相』の本を残していったのを見つけた。
すべてお見通しなんだな・・
その上で 俺に頼むと・・

俺はと言えば 何も言えなかった・・
「上官として ご期待にそえれば」それだけ言うのがやっとだった。
「まあ それが普通の返事なんでしょうな」
克宏は 少し残念そうに でも笑いながら おじゃましましたと 部屋をあとにした。



今の俺には あれが精一杯だ。そうだよな。
あいつの気持ちも分からないのに 勝手な事は言えないよな。

しかし 思わず「大切です」と スルリと出た言葉に 克宏は確信をもった事など堂上には知るよしも無
かった。


                                                     fin

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