相合傘

連日の雨。
梅雨入りしてから ホント雨ばっかり。

こんなんだから 気が滅入って失敗しちゃうんだよ。
と 自分の失敗も雨のせいにしてみたくなる。

全く止まない雨の為に野外訓練が出来ずにいるのだが たまたま来月開かれる 子供たちの作品展
の為の資料作りにもってこいだという事になって 数日前から作業をしていた。
あらかた作業も大詰めで ちょっと一休みしましょうかと 郁が人数分のコーヒーを持って来たまでは
良かった。
ぼんやりと歩いていた郁は あろうことか そのお盆ごと 資料の前で転んだのだ。

一同 唖然。
「アホウ 貴様!なにやってる!」
一瞬の間を置いて 堂上の怒鳴り声が響く。
穴があったら入りたいとは まさにこの事で 
「キャー ごめんなさい。どうしよう どうしよう・・。・・代わりの物 取りに行って来ます」
と 郁はとっさに言い残すと 事務室を飛び出して行ったのだった。



窓の外を見ると 高校生かな?
制服を着た相合傘の二人連れが歩いているのが見える。

ああ・・ああいうのって経験ないなぁ。
彼が彼女が濡れないように もうちょっとこっち来いよって肩寄せてさー
微笑ましいよね。
あんな二人には この梅雨だってイヤでもなんでも無いんだろうな。

はあ・・・
窓際でタメ息。これで何度目??
何か 憂鬱ー

あたしなんて 堂上教官から お小言の嵐よ・・
戻りたくないナァ きっとまた何か言われるんだわ・・
この雨と一緒に気持ちも暗くなっちゃうよ。
あーあ 誰か私にも 相合傘さしてくれないかなー

そう。
泣き出しそうな心に傘をさして欲しいのよね。
こっちに来いよって・・
・・って これ 妄想よね 
はあ・・・

そんな事を 悶々と考えていると 
「あんたまたヘマやらかしたって? 堂上教官が探してたわよ」
柴崎が 呆れて声を掛けた。 
まあ お小言で大体の察しはついたけどね・・と不適な笑いも付け加える。
ふくれっ面の郁は だってぇ・・ と その場から動きそうも無い。

「堂上教官怒ってた?」
柴崎の顔を覗き込むようにして 郁は訊ねる。
「かなり おかんむり」
げっ!やばいなぁ・・ 
「ブツブツ言ってないで 早く事務室に戻んなさい」
まったくもう 私があんたの代わりにお小言もらっちゃったんだからね と続ける。
顔の前で両手を合わせ 拝むようにすると
「でもまあいいわ。代わりに手塚を構ってきたから」
ホッホッホと笑う柴崎に こいつも油断出来ないわね・・と 肩をすぼめる。
手塚 ゴメン。

「わ、分かった。今すぐ戻るから」
そう言って 柴崎と分かれて事務室に向うが どうにも足が進まない。
やっぱり もうちょっと何処かで時間潰すかな・・
あともう少しで事務室に着くという手前の角を 曲がってしまう。
あ、足が勝手に・・ 誰も聞いてないのに そんな理由をつけて。




事務室では さっきから堂上が難しい顔をしている。
「すいませんっ!代わりの物 取りに行って来ます」
と言って出て行ったきり 郁が戻って来ないのだ。

代わりの物って何だ? 何を持って来るつもりだ。
印刷した書類以外 何を代わりにすると言うのだ。

あいつ 何処行きやがった!
戻って来ないとは いい根性だ!
最初は 頭にきていた堂上だが 郁が出て行ってから かれこれ 2時間は経つ。
次第に不安になっていく自分が居る。
この雨の中 何処で何やってるんだ。
泣いてやしないだろうな・・
嫌な予感が胸を苦しくする。

皆で復元作業をしたお陰で 数部は破棄することにはなったが どうにか格好はつけるだろうまでに
進んでいる。
作業の手を止め 小牧が
「堂上。さっきから 立ったり座ったり ちょっと落ち着きがないんじゃない?」
そこのところを突っ込む。
「いや そんなんじゃない・・」
と訳も分からない返答をしてしまうと クックッっと小牧の上戸が入った。
「そんなに気になるなら 探しておいでよ」
と 小声で囁く。
気になんか・・と 言いかけて 小牧を見ると 笑いながら頷いて背中を押した。
それに押されるかのように 
「しょうがないな。上官として 探しに行くといったもんだろう」
誰に言うでもなく そう言って 堂上は事務室をあとにした。

堂上が出て行った後の事務室には 小牧の上戸と それにつられて皆の笑い声が響いた。
「素直じゃないんだから」
「丸分かりなのにな」
「まあ そこがアイツの愛するべき所でもあるんだけどな」



戻ろうかどうしようか・・ 迷いに迷って 結局戻れずに郁がたどり着いた場所は 屋上に上がる一番
上の踊り場。
雨の日なら屋上になんて出る人は居ないから きっと誰も来ないだろう。

ここって 何て寂しい場所なんだろう・・静かだ・・
気がつくと 涙が頬を伝っている。
自分がいけないのに 逃げてきた事実がどうしても悪い方へ悪い方へと思いを滑らせていく。
どれだけ時間が経ったのかも分からない。
でも これだけの時間 戻らなかったら皆 愛想をつかしちゃうんだろうな・・
堂上教官にも 見放されちゃうかも・・
戻らなきゃ・・ 頭ではそう思うのに 身体は動いてはくれない。
あたしって バカだ・・

ネガティブな発想に取り付かれて 頬を伝っていた涙はそのうち大粒の涙となって 嗚咽ももれ始める。

郁を探していた堂上が その階段の側を通り過ぎようとした時 上の方から 何やら人の泣き声が聞こ
えた気がした。
笠原っー! 心の中で叫ぶ。
そうだと 直感した堂上は 一気に階段を駆け上がった。

「おまえ こんな所に居たのか・・」
聞き覚えのある声に すぐに堂上と分かったが 顔を上げる事ができない。
「あんまりおまえが戻って来ないから どれだけ心配したと思ってるんだ」 
えっ!?それって・・そんな胸がキュンとくるような言葉・・
泣き顔は見られたくなかったけれど 顔を上げると息のあがった堂上がそこに居た。
「バカ野郎!」
と言って 頭をいつもの以上に グシャリと撫で回す。
「教官・・」
怒られるとばかり思っていたのに 郁の思いをかき消すような堂上の表情に どうしてそうしたのか・・
郁は急に立ち上がり 堂上の脇をかすめて 逃げるように階段を下りていった。

「笠原っー!」
郁の行動に 一瞬怯んで あっけにとられたが すぐさま後を追いかける。
足の速さは郁が一枚上手だが 堂上も負けてはいない。
階段を降り切った先の通用口を出て いつも郁達が行くコンビニあたりで ようやく掴まえた。
それに抵抗する郁。
しかし力で言ったら 郁は堂上には敵わない。

「待てと言ってるだろうが!何で逃げる」
荒い息の中 堂上は吐き出すようにそう言った。
もう 郁はなすすべも無い。
ガックリと項垂れたまま ひとこと ごめんなさい・・ と。

そんな郁を見ると 堂上は居たたまれない。
恋人であったなら ここで抱き寄せて口づけの一つでもするところだろうな・・
そんな事が脳裏をかすめ 自然と郁の唇に目が行ってしまう。
そして もう気にするな・・と 
そして気の利いたセリフでも言うんだろうが・・

郁は 堂上がそんな事を考えているとは まったく気付くわけも無い。 
難しい顔をして押し黙ったそれを 怒って押し黙った上官の顔に見えてくる。
さらに逃げてしまった自分の事を きっと取り返しのつかないくらい怒っているのだと。
ああ・・完璧嫌われた・・ もう何処かに消えてしまいたい・・

堂上は 手を離すと今にも逃げてしまいそうな部下の手をずっと掴んだまま さてどうした物かと思う。
この雨だ とりあえずコンビニの中へと入ることにした。

やむ事の無い雨を眺めながら しばらくそうしていると
「教官 怒ってますよね・・」
郁のほうから 声を掛けてきた。弱々しい かすれた声だ。

おまえは自分の仕草や言動が 俺にどれだけ影響を与えてるか分かってないんだろうな。
「ああ」
堂上は 高ぶる気持ちを抑えるように ぶっきらぼうな返事をする。

・・やっぱり すごく怒ってる・・ もう郁は泣く以外どうする事も出来ずにいた。

ようやく収まってきたと思っていた涙が また郁の頬を伝ったのを見て 堂上はさらに慌てる。
「おい!怒っていると言っても そんなじゃないから 気にするな」
空いている手で 郁の頭を いつも以上に グシャグシャと撫でる。
「もう あらかた作業も済んだ所だ。お前のミスも大した事じゃないから」
「じゃ・・なんで そんなに不機嫌そうな顔・・」

ちょっと躊躇しながら 堂上はこれくらいなら許してもらえるだろうか・・
そう思いながら 郁を抱きしめて
「これが俺だからしょうがない。とにかく もういいから泣き止め」
そう言って 頭をポンと2度軽く叩いた。

堂上は コンビニでビニール傘を一つ買い 
「帰るぞ」
と 今度は郁の肩を抱き寄せた。

急な展開に 郁は 驚きで言葉も無い。きょ、教官・・。顔が赤くなって 顔が上げれない。
「教官。あたし 一人で傘させますから」
そう言ってみたが
「また逃げられたら敵わないからな。濡れるから ジタバタしないで俺に従え」
相変わらず 不機嫌そうだが でも それが堂上の優しさなのかな・・と思えて はい と答えた。

あ・・これって 相合傘!!

思っていたのとはちょっと・・いや かなり違うけれど。
堂上教官は そんな想いはないのが切ないけど ちょっと幸せ気分かも。
図書館までの道のりが もっと続けばいいのに と。


                                             fin

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