その日の武蔵野第一図書館は多忙を極めた。
シフトの関係で その日堂上班は書庫業務にあたっており 地下の書庫に詰めていた。

休日という事もあり 利用者も多く 次から次へのリクエストに 冷房が効いているにも関わらずかなり
汗だくになってしまう。
「今日は かなり暑いなぁ・・」
朝から何となく身体がだるくて いつもたらふく食べる朝食もわずかしか口に出来なかったのを悔やむ。
ちゃんと食べときゃ良かった・・
これでヘマしたら あの頃みたいに皆に迷惑掛けてしまう。

リクエストの本を瞬時に探し出しながら 初めての書庫業務にあたった時の事を思い出し 郁は一人
肩をすぼめて 苦笑いになる。
あの時は酷かった と思う。
あの時も自分で酷いと思ったけれど 今になれば自分でも嫌になるほど 惨めだった。

あれからかなり成長している筈。

でも相変わらず 図書業務は身体を動かすより苦手。
今だって 時より堂上教官に怒鳴られる。

それでも 使える人間になったと自分自身では思っているのだけれど。


新たなリクエストの紙を手にした時だった。
足元が グラつく感じがする。 あれ?眩暈!? そう思って足を止め息を整える。
気のせい・・ そう思って走り出した次の瞬間 激しい頭痛と眩暈でその場に勢いよく倒れた。

ダ、ダン・・

郁が立ち止まった時 堂上は どうした? と丁度見ていた。
そしてその後走り出そうとした郁の足がもつれるのをみて とっさに走り出した。

「笠原っ!」
手を精一杯伸ばしたが それより先に郁は床に倒れた。
駆け寄って身体に触れると熱い。

「あ、堂上教官。なんだかふらついちゃって・・すいません。大丈夫ですから・・」
と言って 郁は起き上がろうとする。 
「バカ!おまえ熱かなりあるぞ!」
「でも・・ 今とっても忙しいのに私が抜けたら 迷惑かけちゃうし・・」
「こうやって倒れこまれるほうが迷惑だ。医務室へ今からさっさと行ってこい」

立ち上がるが力無く 崩れそうで心もとない。
「おまえ一人で歩けるのか?」
「はい・・だいじょうぶ・・」
言いながら 堂上にもたれるように倒れこむ。

かなり汗もかいている。
額に手をやると よく今まで我慢していたもんだと思うくらい熱い。
「バカ野郎 無理しやがって・・」

ちょうどその場所を通った小牧に事情を説明し 業務部から何人か助っ人の要請をし 郁を医務室に
連れて行く。
「悪いな」
「いいよ。こっちは大丈夫だから お姫様についててあげなよ」
小牧がやけに調子を合わせるので 少々ヘンな気がしたが それどころでは無い状況で その言葉を
流してしまった。

もはや歩けなそうな郁をどうして連れて行く・・と考えて しょうがない と抱き上げる。
お姫様抱っこは きっと郁が正気なら 大騒ぎで嫌がるだろうとは思ったが・・



医務室に着いたが たまたまいつも詰めている医師が席を外していた。
「直ぐに戻ります」という札がドアに掛かっている。
とりあえず中に入り 近くのベッドへ寝かせるが どうも苦しそうに見える。
どうしたもんかと躊躇ったが タイを緩めボタンを外す。

何だか いけないことをしていると思われるのが嫌で(誰も見てはいないのだが)自分に言い聞かせる。
俺はヤマシイ事は無い・・ やましい事は無い・・
こんな時に 何考えてるんだ俺は・・ 逆に息をのむ。

風邪引くとは 腹出して寝たか? 何した と思って ふと思い当たる事があった。

そう言えば昨日・・ 
雨上がりの後のせいか涼しい日で この時期にしては夜はかなり底冷えするほどだった。
「これから出られるか」と郁を誘った事を思い出した。
確か郁は 何を思ってか かなり薄着で 寒くないかと訊ねても 平気です と言っていた。
いつものように唇を重ねながら 興奮して熱くなっていた俺は 郁が寒い思いをしているとは思いもし
なかった。

最近 いろんな用事やら何やらで 公休デートも出来ずだったし そもそも外泊もできない日が続いて
いたから 昨日の俺は郁を離す事が出来なかった。
それがいけなかったのか・・
郁は寒い思いをしていたのではないか・・ 

そんな事を考えている俺の横で 郁は荒い息で ハアハア言っている。
もしや 風邪ではなくて もっと悪い病気か・・?
段々不安になってくる。 どうした医者は!!

こんな時 体温しか測る事のできない自分が情けない。


バタン・・ドアが開いて
「どうしました?」
戻ってきた医師に状況を説明して 観てもらうと 
「風邪ですよ。解熱剤飲んで ちょっと休めば熱は下がるから大丈夫です」
いともアッサリ言われる。

悩んでいた俺は何だったんだ・・ と頭を掻く。
まあいい。 郁が大した事なければそれでいい。

医務室をあとにして 歩きながら小牧に携帯で現状を報告すると 
「こっちは大丈夫だから しばらく付いててあげなよ」
と返してきた。
「いいのか?今日はやたらと忙しかったぞ」
「ああ、業務部から応援来てもらったし それは大丈夫」
「悪いな」
「お返しはいっぱい期待しているから 気にしなくていいよ」

・・・おい!こんな時になに言ってやがる。


医務室で解熱剤を飲ませてあるから 今日はもういいから寮に戻って寝てろ と言うと黙って頷く。
少しの間の後、
「堂上教官・・」
「なんだ」
「私って 役に立ってますか?」
「急にどうした」
「最初の頃みたいな ダメな私じゃないですよね。それともやっぱり・・」
「そんなこと無いぞ」
「また皆に迷惑掛けちゃった・・ 私っていろいろダメですね・・」
こういう時の こいつは とことん悪い方ばかり考えがちで困る。

「昨日 寒かったんだろ。俺が悪かったんだ」
そんな事・・ そう言って 俯いて固まるので そっと抱きしめてやる。
まだ身体が熱い。
「お前は自慢の部下だし 俺にとって自慢の恋人だ」
抱きしめる腕に力が入る。
「だから 余計な事考えないで ゆっくり安め」
こうやって立っているのもキツイだろうと思い 抱きかかえようとしたら 歩けます と言う。

「バカ。こういう時は おれがしたいんだから やられとけ」
そもそも熱のせいで力が入らない郁が どう抵抗しても堂上の前では無理な事で ヒョイと持ち上げ
られてしまう。

「これは恋人だけの特権だ。甘えていろ」
顔がカアーっと熱くなる。
熱があってよく分からないけど きっと熱のせいだけではないかな・・と郁は小さな胸がキュンとなる。


「教官」
「今度は何だ」
「昨日の夜は 早く教官に逢いたくて 上に何か羽織るのも忘れちゃって部屋を飛び出しちゃって・・」
そうだな デートもろくにしていないしな・・ 
「途中で寒いって思ったけど 取に戻るより教官に逢いたくて・・」
「・・・おまえ むちゃくちゃ可愛いこと言ってる」
こんな状況なのに 我慢できなくなるじゃないか・・郁。
「だってずっと一緒に居たくて・・。でもそれで 風邪引いちゃったりして 本当にバカですよね・・」

逆に寝込んだら 顔も見れなくなっちゃう・・そう思ったら 涙がにじんだ。
「な、なんで泣く」
「だってぇ・・」

そこで寮の玄関に着く。
そのまま女子寮へ連れて行きたいところだったが 堂上はこのまま郁の部屋へ行くと自分の理性に
自身が持てなかったので そこで郁を下ろす。

「いいか 今度の公休まで治しておくんだぞ。外泊出しとけ」
そう言うと 郁にポンと手を乗せて頭をクシャッと撫でる。

「で・・覚悟しとけよ」

                                               fin.

覚悟しとけよ・・

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