そう言えば・・

その日の課業後 郁はふと ずっと引っ掛かっている何かがあった事を思い出した。
何だったっけ・・
この喉に引っ掛かったままのような・・

分からないと思うと 段々気持ち悪くなってくる。
何だったっけ・・

何だったかを悩んでいるうちに 事務室は堂上と郁の二人だけになっていたのだが それすら郁は
気付いていない。
そして・・



そう 確か後で堂上教官に聞かなくっちゃと そう思っていたんだった。
朝 出勤してきた時 堂上教官の顔を見る前までは 確かにそう思っていた。
そこまでは 思い出せるのに。

教官の顔を見て
「堂上教官」
って声を掛けようとしたその時 逆に 笠原 と呼ばれた。
ビックリして ハイ! って言ったあとから 自分の用件を忘れている。

きっと思い出せないって事は 大した用事では無いのだろうけど。
きっとどうでもいいような事なんだろうけど。

どうでもいい事だと思うのに 思い出せないのは 返って気になって仕方が無い。

もどかしいなあ・・
何だったっけなあ・・


ブツブツ言いながら その日の日報を書いていたら
「何した?」
怪訝そうに後ろから声を掛けられるが 郁はその声に気がつかず ブツブツ「何だっけ・・」を繰り返し
ながら日報を書いている。
ブツブツ言いながら 後で消せばいいからと思い 日報にも 「なんだっけ」 と何度も書いている。

声を掛けても返事も 何のリアクションも無いので 堂上は傍に立って机上を見ると そこには大きく

「なんだっけ」

と書かれている日報があった。
なんだこれは!?
「笠原っ!何をふざけてる。こっちはお前の日報待ちしてるんだぞ!」
怒鳴りながら 拳骨を一つお見舞いする。

「痛ぁ〜い」
いつもの郁とは違って 何だか可愛らしい反応が返ってくる。
少しその声に怯んでしまって 慌てて
「痛くしたんだ。痛くて当たり前だ」
と睨むと シュンとして スミマセン と やけに今日はしおらしい。
いつもと テンポがわずかに狂っているような・・

どうした 何だか今日は調子が狂うな  堂上は そう言おうと思ったがそれも何だかヘンに思われて
とりあえず言わずにやめておいた。
「日報!」
と 一言だけ言って ジロリと睨み 席に戻る。


と そこで
「堂上教官」
と声が掛かる。振り返ると
「どうしても分からないんです」

それはそれは困った顔の 堂上からしてみれば なんとも言えない切ない顔に見える顔で しかも
堂上目線だと愛くるしく思える顔で聞くものだから 堂上の心拍数は急に上がってしまい 
「何した」
と言う声も 本人の意思とは違い上ずった声になってしまった。
郁は自分の 何だろう が気になって 堂上の変化にも気がつかないのが堂上にとっては幸いだ。

「実は・・」
次の言葉を待って 堂上はゴクリと唾を飲み込む。

「朝、教官に何かを言おうと思ったんですけど 何を言おうと思ったのか分かりませんか?思い出そう
としても 全然思い出せなくて困ってるんです」

郁の問いかけに 一瞬固まる。
はあ?今何と言った!?
「バカ野郎!そんな事 俺が知るわけがないだろうがっっ!」

こんなヤツを可愛いと思ってしまった自分に腹が立つ!
机に向き直って 苛立ちを押さえようとしていると

「堂上教官・・」
今度は 恐る恐る呼びかけてくる。

まったくコイツは・・
仏頂面のまま振り返ると 何故だか涙目の郁の顔がそこにあって また一つ心臓がビクッと騒ぐ。
今度は何なんだ!!

「怒ってますよね。バカだって思ってますよね・・」

ちょっと待て!
この状況はどう言うことだ。

堂上は 冷静になろうと努めてみる。
今ここで他の誰かが事務室に入って来たら これは絶対俺が不利だ。
俺が泣かせているとしか見えないんじゃないのか??


「笠原 落ち着け。怒って無いぞ俺は。だから泣くな!」
そう言ってみるが
「ホントですか!」
と 更に突っかかってくる。

「ああ 怒ってないぞ。大丈夫だ」
そう言いながら堂上は いつものように頭にポンと手を乗せてクシャッと撫でて 顔を覗くように見た。
何で泣くのかは分からないが コイツに泣かれるのは 辛い。

すると パアーッと明るい顔になって エヘッと肩をすくめて笑う郁がそこに居る。
「教官に これされるのが一番嬉しいです」

バカ!そんな顔するな!! 
堂上の心拍数がまた上がった。

「いいから 日報早く書け!」
と誤魔化して席に戻ると はーい と声がして今度はちゃんと書いているようだ。


ところで いったい何を悩んでいたのか・・

「はい。出来ました」
日報を出す郁に
「さっきのは 何を思い出せなかったんだ?」
尋ねると 
「もういいです。分からないけど 何だかもういいかなーって思うので」
と 何故か機嫌がいい。
「そ、そうか!?」
腑に落ちないが まあいいか・・

日報に目を通し
「よし いいぞ。お疲れ!」
と言うと 
「はい。お疲れ様です!」
と 元気な声と飛び切りの笑顔が返って来た。


この数分間の荒波に飲まれた後の その笑顔は反則だ・・
こんな思いをしているのは俺だけだろうか・・ 堂上は自分で自分が情けないと思った。

「お先に失礼します」
そう言って事務室を後にした郁が 廊下で

「あーーーーーっ!!」

と叫ぶ声がする。

「何した!!」
慌てて廊下に飛び出すと 
「思い出しました!!」
満面の笑顔の郁がそこに居た。


その後は 堂上の怒鳴り声と拳骨と 郁の叫び声と・・
堂上は 荒々しく事務室のドアを閉めると 郁に振り回されっぱなしの自分に更に腹を立てていた。

まったく!!
何が 「教官は犬と猫とどっちが好きですか?」 だ!!
そんな事で 1日悩んでるんじゃない!!
馬鹿馬鹿しい!!


一通り 怒りが収まると フッと笑いが漏れる。
それでも そんな郁が可愛いと思ってしまう自分がそこに居た。

堂上は携帯電話を取り出し 郁にメールを入れる。

  さっきは怒鳴って悪かった。 答えだが・・



その頃郁は・・

折角思い出したのに 堂上に怒鳴られ拳骨も落ちた。
まったく自分が情けない。
だってさー 思い出したんだもん しょうがないじゃないのさー
何も そこまで怒る事無いでしょー
と 思うが 実際の所 自分のバカさ加減に落ち込んでしまう。

教官 呆れてたよね・・ バカだって思ったよね・・

だってさ 占いで そこ分からないと先に進まないんだもの。
結局どっちか分からなかったけど・・

私と教官の相性 良くないのかな。

そう思った時 携帯の着信音が鳴る。
液晶の画面には『堂上教官』と浮かび上がっていた。

                                          fin,

思い出せなくて・・

↑top