親子
館内業務でカウンターの手伝いをしていた郁が 声を掛けられた。
「おねえちゃん!」
見ると よく武蔵野図書館に来ている女の子だと分かった。
郁が 3、4歳くらいかな?と 見当をつけたその女の子は 母親が本が好きなようで 母親に連れ
られて何度と無く来ていたのを見かけている。
人懐こい子で 母親が夢中になって本を選んだり読んだりしている間に いろんな場所に行ったり
来たりしていて 郁としてはかなり気になっていた子だった。
その女の子が今日は郁に声を掛けてきた。
確かにさっき 母親とやって来たところは見ていて 今日も来ているな とは思っていた。
誰か他所の人に付いて行かないかと 気にはしていたのだ。
まだまだ子供だ。好奇心のあることに首を突っ込まないとも限らない。
何か事が起きてからでは遅いのだ。
そう言えば名前をまだ聞いていなかったことに気づく。
郁はしゃがんで
「おねえちゃんに 名前を教えてくれるかな?おねえちゃんは いく って言うんだよ」
と まずは自分から名乗ってみる。
自分から名乗るのは大人の社会での常識だが 子供も一緒かなと 一応思ってみたのだ。
「いくおねえちゃん」
その女の子は郁の名前を言ってみて きゃあーと言って 行ってしまった。
あらら・・ どうしたのかな?
とにかく 来るといつもよく動く子だった。
子供って よく分からない行動をするから そんなもんかと思い その時は気にも留めずにカウン
ター業務に戻る。
30分ほどして さっきの事を忘れかけていた頃にまたその女の子が
「いくおねえちゃん」
と声を掛けてきた。
さっきまでの元気はないようだ。どうしたのか・・
「はい!」
声の方にしゃがみ込んで返事をすると
「みいちゃんね ママが居なくなったの」
と泣きそうな声で その女の子は言った。
どうやら母親が本を選んでいる間にまた走り回っていて はぐれたらしい。
でも 親からの迷子の申し出はまだ届いていない。
「おねえちゃん ママ捜して」
そう言ってまた走り出す みいちゃん に とりあえず追いついて保護する。
「みいちゃんが動くとママが分からなくなるから みいちゃんはじっとしてて」
そう言って 堂上に連絡を入れる。
「分かった これからそっちに行く」
堂上と小牧が来る間にも まだ みいちゃんの母親からの迷子申請は出ていない。
よほど熱心に本に集中しているのだろう。
ひとまず 業務部のキッズルーム係りの人に みいちゃん を預ける。
そっちは小牧教官に頼んだ。
親の顔が分かるので 館内放送は入れずに 閲覧室を探してみることにした。
堂上もそれに賛同してくれたので 一緒に探すことになった。
「放送を入れれば直ぐに解決するだろうが 後々親が恥ずかしさから子供を叱るケースが多いと
聞くからな。そっと教えてやるのが今回は無難だろう」
もっともらしい堂上の言い分に 郁も納得して頷く。
「みいちゃんのお母さんって きっとのめり込んじゃうと周りが見えなくなる人だと思うんですよね。
それだけ本が大好きなんでしょうけど。それはそれで凄いと思うんですけど・・」
一人ぼっちにされた子供からしたら きっと 図書館てなんてつまらない遊び場なんだろうと思って
いるに違いない。
通い始めた最初はいい。でも何度も通うと 探検する場所もなくなっていく。
「親の意識の問題でもあるんだがな」
探し歩きながら 気難しい顔で堂上が話し始める。
「いろんな親子関係があるだろうから仕方の無いことだが だからと言って仲の悪い親子では無い
はずだろうし。まあ子供にしたら遊んでもらいたい気持ちが勝っているのは確かだがな」
「・・そうですよね」
「だが愛情が無いと一概には言えないから それを言ったら駄目だ」
「はい」
「でもだ。こんな迷子が多くなったらどうする」
「困ります」
「注意を促しながら しかし 図書館側もキッズルームの存在価値をもっと広める必要があると思う」
堂上の意見はもっともで でもそうかと言って キッズルームを当てにされてもそれは困りものであ
ることも明白で・・。
いつの時代も どこの場所でも 親子の問題って大変なんだなあ とつくづく思う郁だった。
何かを考えているふうな郁をみて堂上は
「お前今何考えてた」
と怪訝そうに聞いてくる。
うわー ちょっと待って!
ひゃあー と顔が赤くなる。
だって今考えていたことって言ったら もしも の話で。
堂上教官と自分の子供には いっぱい愛情を注いで 絶対目を離さないんだから!って思ってた・・
なんて 言える分けない!!
そもそも堂上教官が自分を好きだとか 考えられないし。
だから もしも なんだけど・・
「お前なあ。あの女の子の母親を探すんだろう。顔が分かるのはお前だけなんだぞ。お前が館内
放送を入れずに探すって言ったんだろうが」
いつの間にか みいちゃんのお母さんの事が頭からキレイに消えていて 堂上の事を・・というか
堂上と自分の子供の事を考えていた郁は さらに顔が赤くなる。
「す、すいません!!全く別の事を考えてましたぁ!」
「しっかりしろ!」
堂上の拳骨が飛び 肩をすくめる郁。
その低く男らしい声に 郁はさらに思う。
この子のお父さんは堂上教官がぜったいいいなー。この子って!?それは想像している私達の
可愛い子。
で ひとり エヘヘ と笑ってしまって横を見ると 堂上がまた怪訝な顔をして
「たるんでるぞ お前!」
とまた拳骨がひとつ落ちてきたのだった。
みいちゃんのお母さんは それこそ本が大好きなようで 夢中で読んでいたところだった。
聞けば 連載もののそれが いつも貸し出しだったのが たまたま今日出会ってしまったらしい。
それこそ郁たちに何度も頭を下げて そしてみいちゃんを見ると ぎゅっと抱きしめた母に 郁は
親子っていいなー と思ったのだった。
そして思う。
私がお母さんになるのは いつのことだろう・・。
傍らの堂上を見ながら ・・ありですか? と心の中で訊ねていた。
fin.