その一言で
大学の頃の友人から結婚式への招待状が届いた。
結婚したい時が適齢期 って、結構前に言われてたフレーズ。
25歳も過ぎると周りは独身が減り、気が付けばいつの間にか自分でもそんな言葉を口にしていた。
そして思うのは 今はまだ結婚だなんて・・ ってこと。
想い人は居る。でも、それはまだ追っても追っても届かない遥か彼方に見える大きな背中。
追いつける時が来るのだろうか・・ ううん、追いついてみせる そう思う気持ちは強くいけれど・・
今はまだ・・
後に柴崎が言うところの 純粋培養乙女 とは言い得て妙という奴で、なかなかそんな気配も感じ
られないのを気に病む最強乙女とも思われる郁の母からも、何かにつけてはそんな話が付け加え
られる。
「いい人はまだいないの?」とか
「王子様は見つかった?」とか・・
なおさら実家が遠のくのは仕方の無いことだった。
招待状が届いただなんて知ったら また何を言い出すやら・・
そう思いながら招待状に目をやって気づく。
「あ、この日はダメだわ」
郁は、記載された日付と予定表を見比べて溜め息をついた。
なんだかんだと言っても 幸せのお裾分けはそれなりに嬉しい。
友人の幸せそうな顔を見るだけでも 素敵なウエディングドレスを見るだけでも それはそれで幸
せな気分は味わえる。
ましてや仲の良かった友人とくれば お祝いの一言も直に掛けてあげたい。
結婚式の思いを何処か心の隅に持ちながら、その日の仕事をしていた。
今回は行きたかったなぁ・・
あーあ残念とばかり、招待状の事を ふと思い出し郁は事務所の机に突っ伏していた。
あーあ残念・・
って声は、どうやら本人の意向とは別に漏れていたようで それも無意識だったのか小声とは言え
ない位の音量をもっていたので小牧の上戸は最初から最大で プハーっと噴出してしまったくらい
だ。
「笠原さん このまじめな話の時にそれは無いと思うよ」
あはは と笑う小牧に堂上は不機嫌が×2くらいの顔になっている。
「えっ?・・私何かしましたか?・・ええっ?しちゃったんですかぁ?」
「あほか貴様!ミーティング中だぞ!」
「あ・・」
堂上に怒鳴られ、それで何をやらかしたのかと 隣の手塚に小声で尋ねる。
そんな状況も目の前だから見て取れて 更に堂上は不機嫌になるし小牧の上戸は止まらない。
「次回フォーラムの警備の件で、堂上二正は隊長の補佐をするからバディを組むのを他の班に混
ぜてもらうと話していたところだ」
そして手塚は呆れたように
「堂上二正が 『俺は班では行動出来ないが他班と連携してちゃんと仕事を全うしてくれ。聞いて
るか笠原』 と言った時にお前が 『あーあ残念』 と言った」
と 郁の小声の問いかけに小声で返さず、きちんと声を出して答えた。
・・そ、それって・・えーーーっ!!何それ・・!!(何というタイミングなのォ・・)
状況を理解した郁は真っ赤になって
「ど、堂上教官。そ、それはですね・・あの・・」
しどろもどろだ。
「いえ・・堂上教官がいなくて残念というワケではなくて・・その・・」
いや、確かに堂上教官がいないのは残念なんだけど。って 今はそうじゃなくて・・
郁の発言に更に小牧が吹き出した。腹いてぇー と苦しそうだ。
そして上戸の止まらない小牧が堂上をからかう。
「俺は堂上がいないと残念だよ」
堂上は、お腹をかかえて笑う小牧をジロリと睨み、あえて何も言わずに無視をし冷静を装っいなが
ら郁を見る。
「おおかた別の事でも考えていたんだろ。で、何考えてた?」
この上ないほどの失態に、堂上の怒鳴り声は身体に沁みる。目が怖い。
睨んでるよね・・うわあ・・
「あ、あのォ・・堂上教官がいないと残念だなあと・・」
郁はチラッチラッと堂上を窺いながら答えてみた。
「か、笠原さん止めて!お腹が・・やべぇー」
小牧の上戸も限界が来たようで 横隔膜をつったようにうずくまる。
「小牧二正!!大丈夫ですか!」
手塚が慌てて 訳が分からないといったように小牧の背中をさすり始めた。
「え?何で?やだ、小牧教官!」
落ち着かない郁がその周りをウロウロと歩きまわるものだから 郁の言葉に固まった堂上だった
が段々イライラがつのり、
「このドアホウが!!」
最大級の怒鳴り声と共に拳骨が飛ぶ。
「笠原!まじめに答えろ。ふざけるならもう一発拳骨だ」
その声に押されるかのように 思わず反射的に答えてしまう。
「ふざけてません!だって本当に堂上教官がいないと残念だなーって思いますっ!」
「・・ありがたい言葉だがな。」
「えっ!?きゃあー、あたし何言ってるんだか・・」
傍らでは、やっと腹痛が治まりかけていた小牧が上戸の再発を起こしていた。
「笠原さん、俺を笑い殺す気?」
「で?もう一度聞くぞ。この真面目なミーティング中に何を考えてた。ちゃんと説明はしてくれる
んだろうな」
落着きを取り戻した堂上は、そう言って郁をジロリと見た。
***
「聞いたわよ」
電気もつけず真っ暗な部屋で帰寮草々布団の中に潜り込んでいる郁に、帰るなり柴崎は声を
掛けた。
ドアを開けて、暗い部屋に声を掛けたもんかどうかとは少しは思ったが。
「堂上教官あんまり怒らせると そのうちハゲちゃうわよ。小牧教官を再起不能にしたって本当?」
やるわねー と柴崎は明るく振舞っているのが 郁にはありがたい。
こういう時、同室が柴崎で良かったと思わずにはいられない。
事のあらましを聞いて それに合った対応をしてくれる。
「ほら。ご飯まだなんでしょ。落ち着いたら一緒に行こう」
ようやく布団から顔を出し
「柴崎・・なんでこうなっちゃうのかな・・」
声を掛けてきた郁に
「あら。泣いてたわけじゃないのね」
「うん・・落ちてただけ・・」
・
・
「招待状が来てたの知ってるよね」
「ああ、大学の友達が結婚するんだっけ?」
「そう。でも、その日訓練で奥多摩行ってる最中だから無理なんだ。いつも一緒にいた仲間だっ
たから結婚式には絶対出るって大学の時から言ってたから、出れなくて残念だなーって・・」
「大事なミーティング中にそれを考えていた。と、いうワケね」
「それがね、どうしてそうなっちゃったのか 堂上教官が居なくて残念って話になっちゃってさ」
「なに それ!おかしー」
「笑い事じゃない!!」
「ごめんごめん」
「小牧教官は笑い狂ってるし・・。気がついたら訳分からない事を口走ってしまって収拾つかなく
なっちゃったって話よ」
「ああ、それで『結婚式に教官来てください』って話になったのね。でも何で堂上教官が結婚式
にって話になるのよ?」
「だから・・訳分んなくなっててね・・」
「あんたって馬鹿ねー」
「もう そうしたら教官ってば拳骨の嵐なんだからー!止めてくださいって逃げ回っちゃって、そこ
へ玄田隊長が戻って来て『何騒いでる!』って大目玉・・」
「それって、堂上教官も?怒られたの?」
「うん・・」
「信じらんな〜い」
「もう明日、顔合わせらんないよ・・」
「それで落ちてたのね」
***
その夜の男子寮の一室。
「堂上、いい?」
小牧はいつものようにビールとツマミを持って堂上の部屋を訪ねていた。
「今日はかなり余裕なかったんじゃない?」
「なんのことだ」
小牧の言葉に堂上の顔は曇る。
「笠原さん、きっと友達の結婚式に御呼ばれしてて行けなくて残念だって言いたかったんだよね」
「だろうな」
「あれ?分かってたの?」
「ああ」
「なーんだ」
分かっててからかいに来るこの友人が、堂上はたまに苦手だと思う。
「でもさ、お前に『結婚式には来てください』ってね。あれは笑えないよね」
小牧の言葉に 事務室でのやり取りを思い出し拳に力が入った。
グッとビールを煽って
「来てくれと言われたら上官として行ってやる」
そう言ってみるが、もしそうなら・・そんな事は考えたくない そう思う自分にうろたえていた。
でも・・いつかそんな日が来ないとも限らない。
郁の言葉は堂上を動揺させるにはこの上ない物だった。
その後、番犬堂上の目が更に厳しくなった事は 誰も知らない。
って、心優しい特殊部隊の皆は承知の事ですが。
fin.