
郁は特殊部隊事務室の行動予定表を眺めながら溜息をつく。
明日はお休みなのにな・・
ここのところ折角の公休に用事が入ってしまい、ゆっくりと休めたことがなかった。
出来たら3連休くらい一回あってもいいのに・・と思うが、せめて連休が欲しいところだ。
というのも、デートもままならないからである。
しかし、堂上は公休に会えない事に関しては何も言ってこない。
もしかして、もう嫌われちゃったとか!? 頭をかすめた不安で変な汗が出る。
付き合いだしてそう月日が経っていない今、本当に付き合っているのか? と、自分に自信が無
いだけに、いつだって不安とは背中合わせだった。
胸だって小さいし、戦闘職種で可愛いとこなんて無いし、女性らしいことなんて自分では想像もつ
かないし・・。
そもそも以前に、仕事上ではあるが、ガサツで粗忽で見るとこなし!と、堂上に言われたことだっ
てあるのだ。
今はどう思っているのだろう。
「キスだって全然してないし・・いつ以来だったっけ・・」
ホントに今も彼女だって思ってていいのかな?
郁の企画より小さな胸は、いつだって不安だらけ。
恋愛に関しては経験値がなさ過ぎで、迷い道に入りっぱなしだ。
それがいくら堂上から、気にするな 俺は気にならないしそこが好きだ と言われてもだ。
そして明日の公休も私用で出掛ける郁は、それこそもう、申し訳ないという思いが脳内を占領して
いて、堂上の顔すら直視できなくなっていた。
振る舞いもいつしか不穏になる。
そんな郁に堂上が気づかない訳がない。
「コーヒー入れてきます」
と誰に言うともなくそう言って郁が給湯室へと席を立った時、堂上は
「俺の分も頼む」
と声を掛けた。
が、上の空の郁は聞こえているのかどうか!? とても堂上の声が届いているとは思えない。
「あれは気が付いてないよね」
小牧が可笑しそうに 何かあったの? と、笑っている。
「俺にも分からん。仕方ない。俺もコーヒーを入れてくるとするか」
いかにも仕方ないといったふうを装って、堂上も席を立って後を追った。
小牧の上戸が後ろに聞こえているのが面白くないが・・。
堂上が給湯室の前に来ると、中から うーっ!とか わあー! とか大きな唸り声が聞こえてくる。
確かに中に居るのは郁のハズで・・。
躊躇することなく、むしろ慌てて
「何した!!」
とドアを開ける。
「ど、堂上教官!?」
そこには、ビックリした顔の郁が一人。
そして、怪訝な顔の堂上は今一度 何した? と問いかけた。
自分に喝を入れるべく大声を出していただなんて、それも教官絡みで・・などととても言えない。
「べ、別に何もしてません」
「じゃあなんで叫んでいた?」
郁はエヘヘと曖昧に笑いながらそれには答えずに
「それより何で教官がここに?」
と、はぐらかす。
「俺はお前に俺の分のコーヒーも頼んだが、お前が聞いてなさそうだったから来ただけだ」
「えー?そうだったんですか!全然聞こえなかったです」
こんな時にまたやってしまった・・と自分の失態に郁が落ち込んでうつむくと
「アホウ!怒ってるわけじゃない」
頭をコツンとする強さが恋人モードのそれで、まだ私大丈夫なのかな と、少しだけ気持が揺れる。
堂上は、うつむいて突っ立ったままの郁の頭をクシャっと撫でると――
大体お前はなぁ・・
と言いながら郁の代わりにコーヒーを入れ始めた。
そもそも何を悩んでるんだか知らんが、何でそれを俺に相談もしないんだ?
まったく・・ 俺が気が付かないとでも思ってるのか? 俺を何だと思ってるんだかなあ・・
もっと頼ってくれてもいいんだぞ・・――
コーヒーを入れながら話す堂上の言葉を聞きながら、郁の感情のリミッターが振り切れた。
ちょっとした仕草や出来事で、こんなに気持ちの持ちようが変わっちゃうなんて・・
そう思ったら聞かずにはいられなくなって、思った言葉がスルリと口からこぼれた。
「私、まだ彼女でいいんですか?」
堂上の手が止まる。
次の瞬間郁を振り向いた堂上は驚いたような顔をして言った。
「それはどういう意味だ?」
「俺は別れたつもりは全くないがな?」
「だって・・」
「だって何だ?」
詰め寄るように問い質される形になって、郁の思考回路が真っ白になった。
「だって、私、胸も無いし戦闘職種の大女だし、バカだし・・ 堂上教官には全然釣り合わないし・・
それに・・」
釣り合わない? 何言ってるんだコイツ―― 堂上の眉間に皺が寄る。
「それに?何だ?」
「教官ってば、公休に全然デートも出来ないのを何も言わないじゃないですかー」
「それは逆切れか?」
堂上にジロリと睨まれて、郁はもう自分で何を言っているのかも整理出来なくて・・
「教官は一緒にいたいって思わないんですかー?キスだってしたいって思わないんですかー!」
と、叫んでいた。
詰め寄った堂上はその言葉に怯む。
郁は叫んだあとに真っ赤になって俯くが、身長差でその顔は丸見えで。
「おまえアホウだな。ホントに大バカだ!」
同じように赤くなった堂上が郁の頭をポンと叩く。
「俺はお前が忙しそうだから無理させちゃいけないと、俺は俺なりに我慢してだな・・。」
そして、コホンと一つ咳払いをしてから
「俺だっていつだって一緒にいたいと思っているぞ。で、最後のソレは俺だって思ってる」
そう言って郁を抱き寄せる。
そして――
「今はここまでだ」
と言うと、唇を重ねた。
「きょ、教官・・。こ、こんな場所で・・」
郁は感情が高ぶっていて、とっさのことに我に返ったのは堂上が離れてからだった。
「もう変な事は考えるな。いいな!俺の気持ちは変わらないから、そう思っとけ」
先に戻ってるぞ と出て行った後姿に、久々に重ねた唇の温かさに目眩がする。
うわぁ・・教官それ、スゴイ殺し文句です!
***
堂上を追うようにして事務所に戻って来た郁。
自分で持ってきたコーヒーを一口飲み込み
「わー!」
と叫んだ。
「何した?」
怪訝な堂上に
「いえ・・何でもないです!」
だってね・・砂糖入れ過ぎただなんて言えないわよー。
fin.