今はまだこのままで 劇団秋の公演のおまけ篇

シャワールームに入り、適温に合わせると一気に頭からかぶった。
今は何も考えることはよそう・・

ガーっと頭を手で掻きながら洗い邪念を吹き飛ばすように一心不乱にシャワーを浴び続ける。

何も考えない。何も考えない。何も考えない。

そう思っているのに、一瞬頭を過るそれは堂上の手を止めさせるもので・・

それはさっき終わった舞台公演の最後に見た、郁のドレス姿だ。
モデルと言っても引けを取らない郁は、本人は似合わないと恥ずかしそうにしていたが、それは
それはよく似合っていた。
とかく堂上には、それ以上ないといったほどに目に焼き付いている。

ダメだ。ダメだ。ダメだ・・・

頭を振って、シャワーの水を浴び続ける。
しかし少しすると、どうしてもあのドレス姿の郁が脳内に現れるのだった。

考えないように頑張れば頑張るほど、ドレス姿の郁は堂上に恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を
振りまいてくる。
そんな顔が、そんな姿が、堂上にはたまらないものだった。

そしてその後に偶然聞いてしまった観客の会話。

結婚式の花嫁花婿みたいだったという、その言葉。
郁の姿と共に、胸に頭に焼き付いて離れない。

 笠原のウエディングドレス・・

考えないようにしようとしても無駄なことは既に分かりきっていることだ。
ずっとシャワーに打たれながら、滝に打たれているかのように無心になろうとしても無駄だと。

そんな関係になれるのだろうか・・と思うと、自信が無いからこんなにやり切れない。
誰かの横でウエディング姿の笠原が居るのかと思いたくないから、こんな想いをしている。

小牧に「素直になれ」と言われたが、この年になって素直というものがどういうものかが正直言っ
て分からなくなった。
学生ならまだしも・・だ。
この俺が「好きだ」と言って、引かれたりしないだろうか・・
いったい俺にどれくらい勝算があるのかも分からない。

こんなにも笠原の事が自分の中で大きくなっていることに今更ながら気付く。

もう気持に蓋なんて出来ない。しかし・・

そして上官と部下という関係に思い至って項垂れる。
いつまでこんな想いを胸にしまっておけるのだろう。

「素直に」なれたらどんなにいいだろう。

       ・
       ・

堂上がシャワーを終えて着替えていると、すぐ隣に立つ人がいる。
「どうしたの?何だか長かったね、シャワーの音ずっとしてたけど?」
小牧がニッコリと笑っているのが何だか今は鼻につく。
誰も居ないと思っていたのに、小牧もシャワー室に居たとは・・と、どれだけ自分に余裕が無かっ
たのかと、内心慌てる。
「居るなら、声くらい掛けろ」
「うん。でもさ、なんだか一心不乱に浴びてるようだったからね」
「たいしたことじゃない。今日の反省をしていただけだ」
「へぇー、水被って?」
応えるのも面倒になってくるが
「ああ、そうだ」
とだけ言って、今の俺に構うな と不愉快そうな顔を作って小牧を見る。
ちょっとその顔怖いよ と小牧は笑って、しかし追撃の手は緩めることも無く爆弾を投げかけた。

「あのドレス姿の笠原さん見て、ファンが増えたよね、きっと」
そして、その言葉に怯んで固まった堂上を見て
「どうする?」
と一言。

「俺にどうする権利もないだろう」
堂上は、吐き捨てるようにそれだけ言うのが精一杯で、これ以上何か言われないようにと急いで
服を着る。
その所作が滑稽だったのか小牧にはかなりツボだったようで、クックッと笑われているが、そんな
事は気にしていられなかった。

シャワーで流してしまおうと思ったのに、それ以上の追い討ちを掛けられてしまった。
小牧の野郎・・! 先にシャワールームから出た堂上は気持ちの切り替えが出来ずに、取りあえ
ず小牧を罵ることで誤魔化そうとしていた。

ズンズンと早足で事務所に向かっていた途中で、足が止まる。
先の方を、あのドレス姿の郁が女子更衣室にでも行くのだろう、通り過ぎていくのが見えたのだ。
視力が良いことまで、今は気が重くなってくる。
考えないように努力しているのに、目にその姿が飛び込んできてしまう。

そして、さっきの小牧の言葉が頭を過る。
きっとファンが増えた―― 
ふと、目眩すら感じるほどだ。

立ち止まって郁が消えた先を凝視していると、後から来た小牧に追いつかれてしまった。
小牧は並んで立ち止まると
「お前本当に素直じゃないよね」
溜息をつきながらそう言った。



小牧の言葉に二の句も無く俯いていると肩を叩かれる。
「あのさ、せめて俺にくらい素直に打ち明けてくれてもバチはあたらないと思うけど?」
すっかり読まれていると思ったが、何でもないふうを装って、努めて冷静に
「そんな事が、何かあったら、だな」
と、しれっと返す。
「ふーん・・。そうなんだ」
小牧は面白くなさそうに呟いているが、知ったことじゃない。

俺だって素直になれたらどんなにいいかと思う。
しかし、子供の頃のように、学生の頃のように、素直なそれだけでいい時間(とき)はもう過ぎた。
色んな事が周りを取り巻いて、身動きが出来ないでいる。
この現状を打ち砕く何かがあったら、教えて欲しいくらいだ。

取りあえず、今はこのままで。

好きだと告げる、そんな時が来るのかさえ分からないが、その時が来るまでは、このままで・・。
今はこれでいいと、一人気持にケリをつける。
これが俺だからだ と。

                                          fin.

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