
たまに吹く北風が寒いと感じるようになってきた。
でも、街のイルミネーションは鮮やかに煌めいていて、心なしか気持ちもウキウキしてくる。
寒い冬がやって来ても、恋人の居る冬は心は温かいものだ。
何せ、これからクリスマスのイベントが待ち構えている。
そもそも日本の行事では無いのに、これほどまでに盛大に街が活気づいているのは、誰もが皆、
それを楽しみにしている証拠だ。
大人も子供も。親はちょっとサンタになったり大変な人も居るだろうが、それでも楽しくないことは
無い。子供はそれこそサンタを信じて夢を見る。
そしてそれは、恋人同士だと、これ以上ないような一大イベントになるのだろう。
今日も郁は、そんなクリスマス特集が掲載されている雑誌を幾冊も手にして、めくっては溜息を
ついていた。
見たってどうにもならないだろうけど・・
そうは思うが、どの雑誌も表紙から色とりどりにクリスマス仕様に彩られている。
気にするなと言っても、気にならない方が逆に変に思われるほどだ。
そっかぁ。こんなこともあるのか。
ある雑誌には、ディズニーランドのイベントについて事細かに書かれて、過ごし方のガイドまで載
っている。
遊びから、ディナーから、宿泊から・・。
その通りに動く奴はそうは居ないだろうとは思うが、似たようなプランを立てる人はきっといるので
はないだろうか。
そしてある雑誌には、この時期の花火のイベントニュースも載っている。
恋人と過ごす休日と銘打って掲載されている昨年の写真も、いかにもって感じでバッチリだ。
メッセージ花火などの内容もあったりする。
どれもこれも、ロマンチックなクリスマスの過ごし方だらけだ。
世の中の人達って、どれほどクリスマスを楽しく、幸せに過ごしているんだと思えるほどに。
「いくら考えても、私には無関係だよねぇ・・」
声に出したつもりは無かったのに、つい、言葉になって漏れていた。
それを同室の柴崎が聞き逃す訳がない。
柴崎は、さっきから郁が何やら雑誌を数冊ペラペラめくっていたのは、お肌のお手入れをしながら
も、いつものように鏡越しにちゃんと見ていたのだ。
一人で世界に入り込んでしまっているように感じるのに声を掛けていいものだろうか・・。
うーん、どうしようか。と、少し迷ったが、声を掛けてみる。
「どうしたの?何かあった?」
「へっ?」
素っ頓狂な声が上がって、声を掛けた柴崎がまた驚く。
「やっだー。なによ!ビックリするじゃない。その様子だと、また一人で世界に入ってたでしょ?」
柴崎に図星を言われて、郁は肩をすぼめた。
「まったくその通りで・・。いつもお見通しだね・・」
あははは・・と笑って誤魔化してみるが、
「で?何がそんなに世界に入らせてたのかなー?」
柴崎は、ニコニコと笑顔で迫りながら、テーブルの上の雑誌に視線を向けている。
もう、堪忍だってばー と郁は・・
「だってさー。無理でしょ、クリスマスは」
そう言って、また一つ溜息が出た。
図書館は年末の休館に向けて、利用者も混み合うし、年末年始の休暇の為に一番忙しくなる時
期になっていた。
特に図書特殊部隊は年末年始の休暇が他部署よりも短いのが通年だ。
「あら。でもクリスマスが出来ないってことじゃないでしょ?」
「そうなんだけど・・」
言いながら、無意識に雑誌に目が行っていた。
ふ〜ん、そう言うことか 柴崎はクスッと笑う。
「お泊まりで楽しめないってことね。笠原としては?」
「やだ!誰も泊まるとか言ってないし!」
「へぇ〜〜〜」
「へえじゃないってば!」
郁には柴崎の態度は、明らかに茶化して楽しんでいるだろうと思われた。
「でも、あながちウソでは無いでしょ?」
うーーーっ! 嘘では無いだけに、言葉に出していうのが辛い。
だって、そんなイベントは、恋人として堂上と素敵な一夜を過ごしたと思っても自然なことな訳で。
そして、いつも以上に愛されたいだとか、そんな風に思ったってバチは当たらないだろー と思う。
「愛されたいって・・」
あんた、ダダ漏れ! と、笑われながら柴崎に指摘され、きゃあー と、その場に突っ伏す郁。
「今の、無し、無し!嘘だからー」
と、取り消しても、もう無駄な事も百も承知だった。
が、そんな事が堂上の耳にでも入ったら、それこそもっと辛いから、そう言わずにいれなかった。
「柴崎!後生だから、堂上教官には言いっこなしだからね!」
一応、釘は刺しておく。
「よっぽど信用無いみたいだから言っとくわね。私そんなに口軽くないから」
「あ・・ごめん」
何だか言い過ぎたかなあと、俯きながら柴崎に謝ってから顔を上げるとそこには――
満面の笑みをたたえていた柴崎だった。
「バカね。こんな美味しい話、伝えなくてどうするのよ。それに、あんたはプラスのイベントもある
んでしょ?」
プラスの―― そうだ。堂上教官の誕生日も十二月だ。言われなくても承知の事だ。
「柴崎のバカ!」
郁は拗ねたようにそう言うと、テーブルの雑誌もそのままに布団に潜り込んだ。
あんたってホントに可愛いんだから。
そんな郁に、柴崎はワザと気にするふうでもなく装って声を掛ける。
「もう寝るの?電気消すわよ」
そして、
「堂上教官に相談すればいいじゃない。きっと、ちゃんと考えてくれてるわよ」
と、付け加えた。おやすみ。
**
そうは言っても、なかなかそう言った事を自分から言い出せない。
喉まで出掛かっている何でも無い一言が、本人を前にすると出てこない。
この忙しい時に何言ってんだ と言われそうだから、そんな事もわきまえれないのかと思われたく
ないから、平気な態度をとってしまう。
夕ご飯を外で食べるくらいなら、なんでもない事なのに。
でも、クリスマスイブの、あの雑誌の特集のようなことは絶対無理だから、ちょっと残念に思ってし
まうから、なんでもない事もなんでもなくなってしまって・・
それだったら二人だけのクリスマスイベントを、出来る時にしちゃえばいいって意見もある。
気持の問題かもしれないが、キラキラ煌めいたイブじゃなきゃ意味もないと言う想いがどこかにあ
る。
だって知ってるかな。
クリスマスケーキだって、二十日以前にはまだ売られていない。
二人で過ごしたい。
それだけでもいい。
他の人から見たら、毎日のように一緒にいるでしょ と言われるだろう。
でも、神聖な日の二人だけの夜は、やっぱり違くて。
思い立ったら今度は思うよりも身体が動く。
意を決して声を掛けようと思うが、そう言う時に限って一人でいる堂上をつかまえる事が出来ない。
そうなると段々心が萎えてくる。
まだ日もあるし、今日で無くても・・メールでもいいし・・
課業後、日報を書きながらいつも以上にボーっとしていたら、まだ日報が真っ白のままだ。
「うわぁ、やばい」
つい、声になって出てしまう。
ハッとして周りをキョロキョロしてみたら、もう事務室には堂上と郁しか残っていない事に気がつい
た。
静まり返った事務室に郁の独り言はもちろん堂上の耳にも届いていて
「何した?」
と、強張った声が返って来た。
「いえ・・あの・・」
そして傍に気配を感じる。あ、真後ろに立ってる?
「何だおまえ!まだ一行も書いて無いじゃないか。皆とっくに帰ったんだぞ!」
後ろから覗きこんだあと、怪訝そうな堂上から本気の拳骨が落ちた。
痛ーい と頭を抱えながら 「すみませんっ!」 と、落としたペンを拾う。
あー 何でこうなるんだろ・・ もういい。こうなったら今だ!と開き直る。後ろを振り返り、
「堂上教官!」
と言って立ち上がる。
「な、なんだ?」
立ち上がると必然上から見下ろされるので、眉間に皺を寄せて対応する。
「そう言えば、今日のお前変だったぞ。なにかしたか?」
「してません!」
「じゃあ、なんだ?」
「あの・・クリスマスの・・」
「クリスマスがどうかしたのか?」
「イブの晩、一緒に過ごしませんか――」
何だそんなことか。
堂上は何を言われてもいいように身構えていただけに、考えていた範疇の事だったのでホッとした
せいで、迂闊にもそれが言葉に出てしまったらしい。
「・・!今、そんなこと って、おっしゃいましたよね?」
「今度は何だ?」
「私がどんな想いでやっと言えたか全然分かってないです」
「すまない。そんなつもりじゃなかった」
見れば、うっすら涙さえ溜めている。
誰も居ない事務室。堂上は目の前の恋人の肩に手を回すと、抱き寄せた。
「公休じゃないから外泊は無理だが、夜は一緒に過ごせない事はないぞ」
「教官・・」
「今日一日、そんなこと考えてたのか?」
バカだな と、耳元で囁くと、耳まで赤くなった郁が急に気づいたように
「やだ。日報!まだ書いて無かったです」
と我に返る。
それが何とも可笑しくて、お前はなあ・・ と、堂上は郁の頭をコツンと小突いた。
そしてもう一度抱きしめると
「アホウ、さっさと書き上げろ。帰ったら予定変更だ。外泊出しとけ」
「・・えっ!」
「明日の公休、デートの約束だったろ。今晩から出掛ける」
あ・・忘れてた・・ そう言えば昨日の晩、デートのこと考えながら雑誌見てたらクリスマスの特集
記事に目が行って・・。
そしたら、こんなことに。
結局恋人同士、一緒に居られたら、それはいつでも一緒が良いわけで。
でも、特別な夜は、やっぱり特別に一緒に居たいと言ったらそれは我儘でも何でもないよね。
クリスマスイブも、堂上教官の誕生日も。