新しい年

ゴォーン… ゴォーン…
除夜の鐘が聞こえている。

 今年もこれで終わりかぁ・・

図書隊の独身寮の自室で、郁は一人携帯を見つめながら呟いた。
同室の柴崎は故郷の金沢へ帰省中だ。
今頃家族で楽しく年の瀬を過ごしているのだろう。
そんな家族団欒って言うのを、いつから過ごして無いだろうか。
毎年、実家には帰らない郁にとって、大晦日もお正月も、それこそお盆だってゴールデンウイークだっ
て、家族団欒とは程遠いことだった。

堂上班の面々にしても、すべて帰省中だ。
それぞれが、それぞれの家族と、今年一年の労いと報告と、来年もいい年であるようにと楽しい会話
に花を咲かせているに違いない。

だからと言って、それを郁は憂うわけではない。
帰りたくない理由は、それなりにあるからだ。
家族団欒をしたくない、それなりの理由。

それでも少しずつ、母との葛藤も以前よりは無くなってきているものの、それでもまだ意固地になって
いる母と自分。

家族団欒したくないワケじゃない。
出来れば、昔のように家族仲良く・・そうあれば、なによりなのに・・


ゴォーン… ゴォーン…

 そう言えば、この除夜の鐘って煩悩の数だけ打つんだったよね――

聞きながら、ふとそんな事を思った。
自分の嫌な部分、煩悩だらけな気がするそれを、この鐘の音(ね)で洗い流せたら。

新しい年は、希望に満ち溢れている。
まだ、何が起きるか分からない。
良くも悪くも、作り上げていくのは自分。


「何だか身が引き締まるよねー」
ちょっと、大人チックに偉ぶって想いを馳せてみるが、所詮難しい事はからっきしだ。
しかし、煩悩を洗い流せたら・・とは、本当に思ってみる。
願いにも近い。

 そしたら、ちょっとは堂上教官に近づけるかな・・今よりもマシになるかな・・――

えへへ と頭を掻いたあと、自分に気合を入れるように頬をパンパンと叩いた。
そしてまた、携帯とにらめっこだ。
さっきから、「明けましてメール」を送れるように何度となく操作しているのだ。
あと数分で新しい年がやってくる。
同室者が留守で居ない、一人きりの部屋がいつになく広く感じてくる。
一人カシャカシャと携帯を操作している自分が、なんだかとっても情けないような気もしてくる。

来年はいい年でありますように。

そんな気持ちを書きながら「明けましてメール」を書き上げて、それでも今こうしている事は平和なんだ
と、ふと郁は実感する。
あの茨城県展の出来事は幻か夢か・・でも、脳裏に残る映像、ふと過る切なくなる思いは、小さくはな
って来ていても、忘れる事のない出来事だった。

そして、ネガティブに陥ろうとする郁を、いつもすくいあげてくれるのは堂上で、今まさに堂上のアドレ
スを前に郁の手が止まっていた。

 どうしよう・・――

「次はお茶だな」
そう堂上から言われたものの、今日までにその話の続きは無かった事に複雑な思いが交差する。

 ええい!クヨクヨ悩むのは止めよう――

ゴォーン… ゴォーン…

外ではまだ除夜の鐘が鳴り響いている。
決して急く事もなく、ゆっくりとした間隔と、響き渡る音色。
目を閉じて聞き入れば、本当に心が洗われて行くような気がしてきた。

ハッと気が付いて点けっぱなしのTVを見ると、出演者がカウントダウンをし始めていた。
「明けましてメール」はきっと一斉配信されるだろう。
結局堂上宛のメールは打ちそこなってしまった。
たった今、クヨクヨ悩むのをやめようと思ったばかりなのに、また気持がなえてしまう。

そしてTVでは、新しい年が来た事を告げ、皆が互いに「おめでとう」を言い合っていた。



送れないでいるその携帯の画面を眺める。
まだ、これから送ったって全然遅くはないけれど・・
だって、新しい年は今始まったばかりだ。

今年はいいことあるかなー
ううん、そうじゃない。いい年にしなくっちゃね。

堂上教官に、少しでも認めてもらえるように。
傍に居てなんら恥じる事の無いように。
一歩でも近づけるように。
お前が居てくれて良かったって思ってもらえるように。

そして何より、今年もいっぱい頭ポンポンしてもらえるように。
それが自分の元気の源だから。

ガンバろう!!



意気込みは充分に、しかし、いつしか睡魔に襲われていた。
朝、気が付いた時、一瞬周りの様子に固まる。

テレビからはお笑い芸人が新年の漫才をやっている。
部屋の電灯は点けっぱなしだ。

うわあ、いけない!と慌てる。

そして手元を見ると・・

手には携帯電話を握りしめたままだった。
ボタンを一つ押せば、省エネ設計で暗くなった画面がよみがえる。
液晶画面には、送れなかった堂上宛の「明けましてメール」の書きかけが浮かび上がっていた。

一瞬の躊躇の後、「えーい!」の掛け声と一緒にクリアボタンで消す。

いつの日か、堂上教官と当り前にメールのやり取りが出来るように、今は毎日を頑張ろう。
今はそれでいいよね・・と、自分に言い聞かせて。

頭ポンポン――今年の最初も、まずはソレがもらえるように。

                                                          fin.
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