桃のデザート〔おまけ〕

あの時、声が掛かっても席を外さなければよかった。

「ちょっとこっちへ来い」
と、先輩から声が掛かり、どうしても席を外さないといけない羽目になった堂上に、
「大丈夫ですよ。ちゃんと次はウーロン茶です」
そう言って郁はウーロン茶を頼んだ。

悪いがそこは絶対に譲れない部分で、それ以上の酒は寝落ちになるのが目に見えている郁だ。
「誰かが酒を勧めても、絶対断れ。いいな」
一応、念を押して、後ろ髪を引かれながらも堂上は席を立つ。
「分かってますよ。今日は堂上教官に迷惑掛けませんから」
郁はニッコリと笑って、さあさあ行ってくださいと言わんばかりに手を振る。
その仕草にフッと力が抜ける思いで、堂上は郁の頭をクシャクシャと撫でると
「いい子だ」
と言って催促する先輩達の輪の中に加わって行った。

「もう。大丈夫だって言ってるのに」
ウーロン茶を飲みながら、ついでに頼んだつまみを口に運ぶ。

と、そこへ美味しそうなデザートを店員が運んで来た。
「あれ?頼んでませんけど?」
首を傾げてそのデザートを見ると、それはそれは美味しそうな桃のゼリーとか、シロップ煮とか・・。

「はい。これ試作品なんですが、意見を頂戴していただけるとかで、こちらにお願いしてあるようで、
店長に頼まれてお持ちしました」
そう言う店員は、デザート=女の子 と思ったのか、何のためらいもなく郁の前にそれらの器を並べ
ている。
「お願いしてあるって?」
聞いてないなぁ・・と首をひねりながら言う郁に
「玄田さんに話は通してあるって店長が言ってましたけど・・」
店員も不審そうに郁を見る。

あ、そうか。隊長が気を利かしてくれたんだ。と郁は思った。
ウーロン茶ばかり飲んでるのもつまらないだろうと、きっとデザートの試食を郁に任せてくれたのだ
と。

「えと。そうでした。隊長から聞いてます」
笑顔でそう答えると、店員も安心したように器を全部並べて、
「じゃあ、食べ終わったら呼んでください」
と、こちらも笑顔で去って行った。


玄田がそれに気づいたのは、そのデザート達を郁が半分も食べ終わった頃だった。
そう言えば、店の主人にデザートの試食とか頼まれていたな・・と思い出した。
頼んでおきながら、何もアクションを起こして来ないがどうしたもんかと思いながら、クイっと目の前の
一杯を飲み干して部屋の様子をうかがってみた。
もしや誰かが間違って食べてやしないか・・と。
そして郁の異変に気付く。

 一番やっかいな奴の所に出しやがって――

今さら思っても仕方のない事だが、玄田は渋い顔になる。
これは、堂上が一騒ぎするに違いない。

案の定・・・


玄田が気付いたのと、堂上が先輩達の輪の中からやっとの思いで抜けだしたのとが、ほぼ同じ頃
だった。
郁の傍まで近づいて、堂上も郁の異変に気付く。

「笠原!お前っ・・・」
あ然として、後の言葉が続かない。
「やだなあ、堂上教官。おっかないかおー」
まだ食べ終わっていないデザートをパクリと口に運んで、郁はベェーっと舌を出す。

郁の周りに積まれた皿と、食べているデザートを見て嫌な予感が頭を過った堂上は
「それどうした?」
と郁に尋ねた。
「それって桃のデザートれすかぁ?美味しいれすよー。玄田隊長が頼んでくれたんれすよー」
エヘヘと笑いながら答える郁は、どうみても酔っ払いのそれだ。

次の瞬間玄田を探して振り返った堂上の目の前に、渋い顔の玄田が立っていた。

「隊長!!これはいったい・・」
「悪い。手違いだ」




そして堂上の背中には、いつものように郁が背負われている。
手塚は申し訳なさそうに
「堂上二正、俺が代わります。いつもそれじゃあんまりですから」
と言うが
「大丈夫だ。これも上官の務めとしたもんだろう」
眉間に皺まで作って、仕方ないと言った風を装って、堂上はそう答える。
「はーい、手塚。野暮な事言わないの。班長に任せておけば大丈夫だから、手塚はこっち」
小牧はそう言って、手塚を連行する。
堂上は、それを見送ると、溜息をつきながらもホッと胸を撫で下ろしていた。

それにしても・・
今日はいつもよりも酒が飲めるかと思っていたのが、何でこんな事になってしまったのか。
郁の行動は予測不可能で、いつも堂上の斜め上を行く。

背中で熟睡中の郁は、時折、これもいつものように寝言で堂上の名前を連呼していた。

 どうじょうきょうかん。
 どうじょうきょうかん。
 どうじょうきょうかん・・。

少しは慣れてはきたとは言え、耳元で愛おしい女性に自分の名前を囁かれるのは、どうにも居たた
まれないものだ。
いくらそれが寝言でもだ。

そして翌朝になって、まったく覚えていないというのもいつもの事だ。

その寝言に答えるように何か呟いたところで郁はきっと起きた時には分かっていないだろう。
なので堂上は躊躇いながらも少し冒険をしてみる。
もし郁が起きたとしても、言い訳の出来るように言葉を選んで。

 どうじょうきょうかん。
 どうじょうきょうかん。
 どうじょうきょうかん。

「かさ・・、郁・・」
苗字では無く名前を呼んでみる。
ややあって、律儀に返事が返ってきた。

 ・・はい。

それでもと、寝息を立てている事を確認すると、
「何かあった時は俺が守ってやるからな」
その後に、聞こえるか聞こえないかのような小さな声で 好きだ と呟いた。
それくらい言っても何も変わらないだろう。
背中の郁は、スヤスヤと寝ているだけだ。

こんな時にしか伝えられない本当の気持ち。
伝えられる時が果たして来るのかどうかも分からない。
そして、手が届くかどうかも分からない・・。

「郁」

声に出してもう一度言ってみるが、背中の郁は寝息を立てるだけだった。
堂上の首に回した腕にかすかに力が入った気がするのもきっと錯覚なのだろう。
でも、堂上には見えなかったが、その顔は幸せそうに微笑んでいた。


そして翌朝を迎える。
とてもいい夢を見た――そんな心地よさと共に郁は目を覚ました。

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