
「おう、笠原。今日も速かったな」
「お前、訓練以外でも鍛えてるのか?」
「今日もまた元気いいなー」
訓練が終わって庁舎に引き上げながら、隊員たちに口々に話し掛けられる。
図書特殊部隊に女性隊員は一人なので目を引くだけでなく、郁の男性隊員にも引けを取らない
運動能力に、皆の関心も高い。
最初の頃には 女になんか負けるか と意気盛んな隊員も居て、それは、それなりにやる気も前
年以上だった。
いろんな意味で、郁の図書特殊部隊入りは、効果があるようだ。
「えー そうですかぁ。特に何もやってないですよ。いつもどうりですってばー」
すっかり特殊部隊の面々に溶け込んでいる郁は、先輩たちに可愛がられている。
元々体育会系のノリも手伝ってか、すんなり溶け込めたのは、郁の持って生まれたモノもあるのか
もしれない。
男同士のソレのようで、とてもいい関係に見えるようだ。
時として、親しみ易過ぎる郁に、妬きもきする破目に陥る堂上が出来あがるのだが・・
今日も訓練後に数名の隊員とワイワイと話しながら庁舎に戻る。
それをグラウンドのフェンス越しに見ている人影があった――
***
その日、午前中は館内警備にあたっていた郁は、警備中に利用者に声を掛けられた。
特殊部隊の中にはレファレンスは業務部へ頼る者も居るが、堂上に追いつきたい郁は、自分でな
んとかしようと、いつも努力を試みる。
それが裏目に出て、堂上が出動という場面も多々あった。
でも、ガンバっている郁に対しては決して見放す事は無く、堂上はいつも手を貸してくれた。
そんな堂上に認めてもらいたくて郁も苦手分野でも精を出す。
声を掛けてきたのは郁とは歳の頃も変わらないと思われる女性。
笑顔が可愛いと感じられる物腰の柔らかそうな人だ、と一見しての郁の感想だ。
ごく普通に声を掛けられ、レファレンスを頼まれる。
「すみません。探して頂きたい本があるんですけど・・」
「はい。どんな本でしょう」
それは、今流行りの作家の連載本だったので、郁にもすんなりと案内をする事が出来た。
勿論その女性にも感謝され、その時の笑顔が可愛いと思ったのだ。
「わあ。やっぱり聞いて良かったわ。流石図書館の人ですね」
と、それには苦笑いだったけれど。
でも、ニッコリ笑顔で自信を持って答えた。
「はい。何でも聞いてくださいね」
と。
「はい。またお願いします」
その女性はペコリとお辞儀をしてその場から去った。
***
その晩、寮の自室で郁は柴崎といつもの夜を過ごしていた。
何事も変わらない、いつもの夜。
そこに寮内の放送が入る。
『302号室の笠原さん。電話が入っていますので寮監室までお出でください』
なんだろう。寮の電話に掛けてくるって事は、部外者だろう。
郁が知る限り、友人や知り合いなら携帯電話に掛かってくる。
しかも、寮監はセールスなどの電話は、百発百中で見抜いてその場で体よく断ってくれるので、そ
れらの電話では無い事は確かだ。
としたら・・しかもこんな時間に?誰だろう。
柴崎もそんな顔をして郁を見る。
「ちょっと行ってくるね」
そう言い残して部屋を出る。
知らない人からの電話は、ハッキリ言って電話に出るまでは緊張が付きまとう。
内容云々もそうだが、そもそも誰だか分らないから。
そして、館内放送で電話の呼び出しと言うのは、そもそも数が少ないから皆の興味をひく。
電話に向かう時も行き合う人に声を掛けられたが、部屋に戻る時もそうなんだろうと思うと、それも
面倒なことだと思わずにはいられない。
そんな気持ちで受話器を取った。そして、そんな気持ちはいっぺんで吹き飛んだ。
・
・
電話台のメモ帳にある相手の名前にも覚えがなかった。
誰だろう?
「はい。笠原ですが」
「・・・」
少しの間があり、そこで電話が切れる。
えっ!?なんで?
しばし受話器を見つめてから受話器を置く。
確かに郁が出てから、相手は切った。そう思う。だって、間があったから。間違って切れたとは思
えなかった。郁が出たと確認してから切ったのだ。わざと?
郁は、ゴクッと唾を飲み込む。
「あら、もう終わったの?」
寮監に言われて
「ありがとうございました」
と告げて、一礼してからその場から離れた。
そして部屋に戻った。
「おかえり〜」
柴崎の声に、あ、うん・・ と曖昧に返事をしてドアを閉める。
元気の無さにピンと感じた柴崎は
「ん?なんかあった?」
と尋ねた。
郁は部屋に上がり込んでベッドに腰を下ろす。
「・・うん。何かね、変な電話でね・・。私が出たのを確認してから、電話が切れた・・」
「切れた?間違って受話器落としちゃったとかじゃないの?」
あらあら と言った体で柴崎が言った時に、再び放送が入る。
『302号室の笠原さん。電話が入っていますので寮監室までお出でください』
えっ!?
郁は柴崎と顔を見合せた。どう言うこと?違う人かも・・
「行ってくる」
柴崎も頷く。
寮監室に着いて電話台のメモ帳に目をやると、やっぱりそこには知らない名前が。
そしてそれは、さっきとは違う名前だ。
「度々すいません」
寮監に言ってから受話器を取る。
深呼吸をして、電話の向こうの音を逃すまいと耳を澄ましながら少し間を置いてから
「・・はい。笠原です」
と、名乗る。
すると――
案の定、郁が名乗ったその後に、さっきの間の取り方と同じように無言のままで、電話がガチャリ
と切れる音がした。
誰だ!これって、無言電話?嫌がらせか何かか!
気味の悪さと怒りの両方がこみ上げてくる。
郁は受話器を置きながら
「寮監、電話の相手って、さっきと今と声は同じでしたか?」
と、訪ねた。
「どうしたの?声かい?そうだねぇ、どうだったか・・でも、どっちも女性だったよ」
寮監はそう応えた。そして
「珍しいよねえ。続けて取り次ぐ電話が掛かってくるなんてねえ」
とも・・。
どちらも女性・・ その言葉を繰り返しながら部屋に戻る。
それだけでは、同じ人とは言い切れない。
嫌なモノを感じながら部屋のドアを開けた。
「今回もやけに早かったけど、何かあった?」
心配した柴崎に尋ねられた時、三度目の放送が入った。
『302号室の笠原さん。電話が入っていますので寮監室までお出でください』