迷路の向こうに見えるもの 【2】

『302号室の笠原さん。電話が入っていますので寮監室までお出でください』

三度目の館内放送に、郁は柴崎と顔を見合わせると目を見ながら頷いた。
これって何かあるよね、絶対!! 柴崎も うん! と頷く。

これが犯罪とするならだが、もし同一の人物からの電話なら、かなりの嫌がらせだった。
すぐに掛け直してくることはしないで、郁が部屋に戻る事も考えての時間の取り方だったからだ。
まるで近くで見ているかのような・・
そう思ったら、ゾクッと背筋に嫌なモノが流れた。

「・・行ってくるわ」
「うん・・」

結局その電話は、郁が名乗ると間を置いて切れるが繰る返され、郁は館内放送で五度呼び出さ
れる羽目になった。
三度でも不審なのに、流石に五度も続くと寮内の皆の噂にあがるところとなっていて、翌日郁が
出勤すると誰ともなく見られているような、嫌な感覚を覚える。
別に悪いことなどしていないのに、まるで査問を受けた時のような、そんな眼の向けられ方。
郁が通るとヒソヒソ話と好奇な目。
ざわついている場が一瞬シーンと静まり返るような雰囲気。

その日バディで一緒に館内警備にあたっていた堂上が気がつかないワケがない。
「なにした?」
と聞くが、郁は笑顔で
「やだなー、何もありません」
と答えるだけだ。

その笑顔も、いつも郁を見ている堂上には作り笑顔にしか見えなかった。
何だかやっぱりいつもと違う。
「遠慮するガラじゃないだろう。何でも言え」
と、頭に手を上げていつものようにポンポンとすると、さっきまでとは違う嬉しそうな笑顔になって
「はい!」
と笑った。

郁は、どう堂上に伝えたらいいのか分からなかった。何がどうしてこなっているのか・・。
郁自身も何が起きているのか分かりかねていたのだ。
分かっているのは、無言の電話と、それからの皆の態度。
伝えたい思いももどかしく、ただ頑なに
「でも、本当に何もありませんから」
と言うしかなかった。
事態が分からない堂上は お前はどこまで・・ と言い掛けて口をつぐんだ。


そこで、それが一変する。
公共棟の通路を歩いていた時だ。
前から来る図書館員の女子職員の「ほら、昨日の電話の・・」「また何かやらかしたんじゃないの?」
と、小声の会話が聞こえた。
郁はいたたまれなくなって、とっさに堂上の制服の袖をつかんでいた。
やはりただ事では無い。

堂上が振り返ると、郁は俯いて震えているようだ。
「笠原?」
「・・あ・・。な、何でもないです」
そう言って、慌てて袖をつかんでいた手を離す。
そして、無理に笑おうとした笑顔が歪んでいる。その姿が堂上の心をえぐる。
「アホウ!何でも無いと言う顔じゃない。何があった?」
「ホントに、ホントに何も無いですから!お気づかい無用です!」
「部下がそんな顔をしていて、何も無いという言葉が信じられるか!いい加減にしろ!仕事になら
ん。言ってみろ!」

またコイツは俺を頼ってくれないのか・・ と思ったら自然と声のトーンが低くなり脅しているかのよ
うだ。これじゃあ笠原も何も言えないじゃないか と内心自分にガックリとする。
見ると歪んだ笑顔がみるみると崩れて泣き顔になった。が、堪えているようで、唇を噛みしめてい
るのが分かる。
「スマン。言い方がキツかった。少しは俺を頼ってくれてもいいぞ。」
上官としてだけでなく、俺を・・という気持ちも込めて言ってみるが、そんな気持ちはそんな言葉で
は伝わるわけは無い。
「・・いいえ。本当に大丈夫です。教官には迷惑かけれません」
顔とは正反対な言葉が返ってくる。今にも泣き出しそうな顔をしているっていうのに、何を強がって
いるんだか、堂上にはもどかしい。
郁から掛けられる迷惑など、何でも無い。
男としては無理でも、せめて上官としていつでも郁を守りたいと思っているのに。

「俺には相談も出来ないようなことか?」
いつだったか、郁が言ったあの言葉は嘘だったのか。
『相談するべき内容だったら堂上教官に真っ先に相談します!』って言ったあれは・・。
相談するような、そんな事態じゃないと言うのか?
そしてつい、頭をよぎった一言がこぼれた。
「俺はどうも頼りにされてないようだな・・」
言ってしまって、堂上は迂闊な一言に眉が曇る。

すると、突然
「教官・・私・・」
郁はそう言うなり、ボロボロ泣き始めた。後は声にならない。
堂上は もしや泣かせたのは俺か? と内心焦る。
こんな通路では、知らない者が見たらどう見ても堂上が泣かせてしまったようにしか見えない。
仕方なく・・(と思う事にして)一番近い空いている部屋へと郁を連れて行く。

        ・
        ・

「小牧、俺だ。笠原の具合が良くない。少し休ませるから、何かあったら頼む」
無線で状況だけ伝える。
小牧からは「了解!」の後に
「時間掛かっても全然平気だからね。ちゃんとフォローしてあげなよ」
と余計な言葉が付け加えられた。
相変わらず色んな事に聡い小牧は、既に何かつかんでいるかのようだ。
堂上は もしや知らないのは俺だけか・・ と苦る。
『・・堂上教官に真っ先に・・』の言葉が堂上の頭の中で空しく繰り返されていた。

ドアを開け、誰も居ないことを確認すると先に郁を中に勧める。
堂上は平静を装って、郁の話を聞いて慰める上官の姿勢をとった。
椅子に座らせ、頭に手を乗せクシャっと撫でてから、さっきの強い口調から極めて優しく
「何があった?話してくれるか?」
と言いながら、隣の椅子に座った。

堂上が椅子に座ると、それを待っていたかのように郁が顔を上げた。
「何した?」
今一度優しく問いかける。
「・・あの・・。それが、よく分からないんです」
「それはどういうことだ?」

そして、昨日の出来事を堂上に話し出した。

「私の身に何が起きてるんしょうか?さっぱり分からなくて・・。教官、どうしたらいいですか、私・・」

目に見えない何かに翻弄され始めたのだろうか。
まったく先の見えない迷路に迷い込んだ・・そんな今の状況に堂上は握った拳に力が入った。

「大丈夫だ。いいか、一人で耐えるな。俺達がついてる」
いつでも頼って来い!そう告げる。
そして
「これは命令だ。何かあったら、携帯だ」
そう言って、堂上は郁の頭をクシャクシャと撫でた。
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