迷路の向こうに見えるもの 【3】

空き部屋で郁が泣き止むまで、落ち着くまで堂上は頭を撫で続けてくれた。
郁が自ら もう大丈夫です と言うまで。
落ち着いた郁を、取りあえずは事務室に連れて行くと小牧に無線で連絡を入れ、郁の様子を窺いな
がら事務室に向かう。
「堂上教官。泣いてすみませんでした」
ここは素直に謝っておいたほうがいいと思ったので、郁は部屋を出ると直ぐに頭をさげた。
でも堂上は
「ん。謝らなくていいぞ。お前は何か悪い事でもしたのか?」
そう言って、下げた頭をポンと叩いた。
「・・いえ・・。でも教官に迷惑を掛けました。だから・・」
「このくらい、迷惑だとは思わん。気にするな」
堂上は、逆に、迷惑だと思うくらいの心配をしたいと思ってしまう。
「でも・・・。この先また迷惑かけちゃうかもしれないし・・」
だから、歯切れの悪い郁に、堂上は何故か苛立ちを覚える。
自分でも知らないうちに眉間に皺が寄っていた。
「あのな・・。部下の心配を上官がして当たり前だ。いちいちそれを気に掛けているようじゃ、何も
出来ないだろうが!」
「でも・・・」
「でもも何も無い!!」
そう宣言するように怒鳴られ、郁は少し怯んだ。
本当は、いつでも直ぐに堂上に目がいってしまう。
その大きな背中に、助けてと叫びたくなる。
でもその後に、振り返った堂上に自分を認めてもらいたいと、格好つけてしまう自分がいた。
「なにした?」と問われれば「なんでもない」と、答えてしまう。
「手を貸す」と言われれば「自分で出来ます」と、見栄を張ってしまう。
そして、もし堂上に嫌な顔をされたら辛いと思う。
迷惑を掛けて、使えない部下だと思われたくないと思ってしまうのだ。
「分かったな。辛いと思ったら何でもいい、俺を頼れ。俺じゃダメだったら、手塚でも小牧でも誰でも
捕まえて話をしろ。一人で悩むことだけはするな。いいな?」
怒鳴り声の後に、優しく囁かれて郁はビクッとする。
「俺じゃダメだったら・・ って、そんな事ありません!」
反射的にそう言ってしまって、あっ・・と口を押さえた。
堂上はそれをどうとったのか、フッと笑って「ああ。ありがとな」と言った。
事務室に着く。
その時ドアノブに手を掛けた堂上が、郁の目を見ながら大きく頷いた。
そして、
「何かあったら携帯な」と今一度言われた。
それから、
「別に、何も無くてもいつでも掛けて来ていいんだぞ」
とも。
命令だ、分かったか と続けられ、郁は慌てて敬礼で「はい!」と答える。
堂上は「お前なぁ・・」と言った後に言葉を濁したので、それ以上何を言いたかったのか分からない。
・
・
「どう?何かあったの?」
任務の交代を終えて、小牧と手塚も事務室に戻って来た。
郁の様子を見て、納得したかのようにニッコリと笑いながら話しかける。
「うちの班は、班長が居ると大船に乗った気持でいられるから、安心できるでしょ?大丈夫そうだね」
「はい!!」
小牧の笑顔に釣られて、郁は大きな声で返事をする。
コーヒーを飲みかけていた堂上が ブーッと噴き出すのが聞こえた。
「小牧、余計な事はいわんでいい!」
「あれ?余計な事かなあ。本当のことでしょ?」
どうやら小牧は上戸が入ったようで、クックッと笑っている。
「あのなあ・・。まあいい」
それには諦めたように呟いて、堂上は今日の事で話し合いをしたいと二人に告げた。
急いで日報を書き上げると、揃って事務室をあとにした。
「着替えたら10分後にロビーな」
と、男子寮と女子寮に消えていく。
柴崎にも連絡を入れ、一同が集まる手はずが整った。
落ち着いて話す為に、いつもの居酒屋でわりと静かな個室を用意してもらう。
今日は事が事なので、飲む事は多少控えて後にする。
まずはどうするか。
郁から班内にはこの件は伝えてもいいと言われたので、堂上は小牧と手塚にも一連の郁の身の上
に起きた出来事を話した。
「それでだ。昨日の今日だし、また電話を掛けてくると思うんだが・・小牧どう思う?」
堂上は正論好きな小牧に問いかける。
「そうだね。まったく相手が読めない今は、相手がどう考えているか分からないけどね。数日開けて
くるかもしれないし、連日の電話で笠原さんを弱らせるかもしれない。目的がハッキリしないからどう
とも言えないな」
それはそうだ。
だからと言って、このまま不安な日々を送るのも神経がすり減ってしまうというもんだ。
「この際、仕方ないので寮への電話を寮監に取り次がないでもらうと言うのはどうですか?」
手塚がいたって真面目に意見を述べた。
「それはダメだろ。一応相手は友達を装って名前までちゃんと名乗ってんだから。偽名なんだろうけ
どね。でも本当に友達が掛けてきたとしたら失礼にあたるよ」
小牧のもっともな言葉に一同が静まり返る。
「でも・・このままだと昨日と同じことの繰り返しですよね」
いい解決策がなかなか見つからず、嫌な空気が流れだす。
その時、
「数日の間だけ、空いている官舎を使わせてもらうってのはどうだ?」
堂上が、無理かも知れんが・・ と言いながら どうだ? と小牧に再度聞く。
「うーん。それどうだろう」
いいかもしれないね と付け加えてから郁の方を見ながら どう?と、今度は小牧が郁に問いかけ
る。
思ってもいない方向に話が向き始めて、郁は戸惑っていた。
「えっ?官舎に?一人で・・ですか?」
郁はそれはかえって心細いから不安だと言わんばかりだ。
「あー、それダメかな。笠原って結構乙女なので、そんな所で夜に一人になったら自殺行為ですよ」
ふふっと笑いながら柴崎が言うので、一同はザワッとしてしまう。
「乙女とか言うな!」
「知らない場所で大丈夫?」
「・・ううっ・・自信ない・・」
「私が一緒に居てあげれたらいいんですけど、何日もっていう訳にはいかないですし・・」
そういう柴崎に、堂上は俯いて何か考えた挙句、顔をあげて
「・・じゃあ、・・俺が一緒に居るってのはどうだ」
躊躇しながらも、そう言いきった。
!?皆が一斉に堂上を見る。
きょ、教官!!
郁は驚いて目を見張った。