迷路の向こうに見えるもの 【4】
女子寮の郁宛に無言電話があった翌日。
就業後に堂上班と柴崎とで、対策を考えていた。

迷路に入り込んだかのように、どうすればどうなるのか八方塞がりになっていた時に、ふと堂上が
「空いている官舎を使わせてもらうってのはどうだ?」
と提案した。
堂上にすれば、ホンの思いつきだったが、口に出してみるとソレがいいような気がしてくる。
しかし、官舎は既婚者用に作られているだけあって、独身寮の二人部屋よりははるかに広い。
そんな場所に、数日でも郁が一人で過ごす事は大丈夫だろうかと思われた。

特に柴崎は、郁を一人にしておくには反対で
「結構乙女だから、夜に一人で居たら自殺行為」
とまで言い放った。

「でも官舎に居たとして、電話の取り次ぎは無くなっても、寮には掛かってくるんじゃないですか?」
郁は、掛かってくる電話に寮監にも迷惑を掛けるからと気にしていた。

「それくらい、寮監だって了解済みだ。しばらく病気療養とか言ってもらって、掛けてきた人の名前と
連絡先等、控えてもらえばいい。本当に用があるならまた掛けてくるだろうし、それこそ知っている
奴なら携帯に掛けてくるはずだしな」
堂上のもっともな意見に、郁は なーるほど と納得する。

「それで、様子見ってことで、その間は官舎に住まわせてもらうんですよね」
「そう言うことだ」
頷く堂上に それは分かるんですけど・・ と柴崎は郁が心配でしょうがないと言った顔をする。

「知らない場所に一人で大丈夫?」
と、聞けば
「・・ううっ・・自信ない・・」
と、郁は情けない声を出す。
普段の郁なら、それでも大丈夫なんだろう。
でも、事が事なだけに、本人が一番不安になっている今は、状況が違う。
柴崎は出来る事なら一緒に居てあげれたらいいと思うが・・。
しかし、同室者が二人してしばらく留守ってのはやっぱりオカシイと思われてしまう。
「一日、二日はいいとしても・・なんですけどねえ」

迷路の入口に入ったばかりで、右へ行くのか左へ行くのか、もしかしたら真っ直ぐに進むのかも、ま
ったく先が分からない。
いったい何時まで・・ 
そして見えない相手は何を考えて、郁をどうしたいのだろう?
先の見えない戦いが始まったばかりなのだ。

今、皆が分かるのはそれだけだ。
敵の出方が分からない以上、今は少しでも郁の負担を軽減してあげれたらいいと、それだけを考え
る。


一日、二日だったら―― 柴崎が言うのを聞いて、俯いて何か考え事をしていた堂上が躊躇いなが
ら切り出した。
「それなら・・、俺が一緒に居る」
言ってから、どこを見るでもなく、目を泳がせている。

「ええーーーっ!!堂上教官っ!!そ、それって・・」

堂上教官、それ凄いカウンターパンチです。一緒に居る だなんて宣言みたいなもん。
郁は心臓が飛び出さんばかりで、堂上をジッと見る。
一同も、一様に驚いて堂上を見た。

視線に戸惑いを感じたのか弱気な一言が付け加えられる。
「なんだな、その・・笠原が嫌でなければだが・・」
そこで小牧の上戸にスイッチが入った。
「んな事、言ってるけど。笠原さん、どうする?」
プハーッと噴き出している。
いいか!後で覚えてろよ! と堂上が小牧に向かって噛みついていて、小牧が更に面白がっている
のを、郁はポカーンとして見ていた。

どうするだってさ? と柴崎に肘で小突かれて
「あ・・。ハイ!全然大丈夫です!嫌なんかじゃ無いです!」
と、噛みつかんばかりに大声で言うと、小牧の上戸は更に加速した。
「笠原さんも、何なに?一気に夫婦だねー」と。

「小牧!!」
「小牧教官!!」
二人の叫び声が響く。

「あれあれ、そんな声もハモっちゃって仲いいじゃない」と、笑いこける小牧。
柴崎はヤレヤレとした顔で見ている。
手塚は、小牧が何でこんなに笑うのかが分からずに、困ったような、所在の無い顔をして、身体を固
くしていた。

「そんなんじゃないだろうが!小牧。言っておくが、上官としてだな、部下が困っていたら――」
堂上が言い掛けるのを小牧は制して
「分かってるって。でも、いいんじゃない?一緒に暮らすんなら仲いいに越したことはないよ。既婚者
用の官舎なんだし、夫婦に見えた方が都合いいでしょ」
そう言ってのける。
相変わらずの正論に、堂上も渋々頷くだけだ。

しかし――
一緒に暮らす とか 夫婦に見えた方がいい とか・・ それ、身体にかなり毒そうな気がする。
郁と四六時中一緒に居られるのは、またとない機会だと思った。
が、それは、自分の理性がどこまで持つかの「限界に挑戦!」って、何かのTV番組か何かか?
自分で言い出したことなのに、眉間に皺を寄せて仏頂面になってしまう。


小牧の上戸が収まってから、
「堂上教官、まだお酒飲んでないですよね?」
もしかしたら・・って、酒に強い堂上だから、酔っ払っちゃうワケは無いんだろうけど、酒が入って気が
大きくなってるって事は無いです・・よね?
と、思って一応聞いてみるが、
「どアホウ!大事な相談事だぞ。飲んで話せるか!」
真面目な顔になった堂上に、キッチリ拳骨付きで怒鳴られる。

そして 大事な相談事 と言う言葉にまたドキッと心臓が高鳴る。
まてまて私の胸。そういうのはいいから!
それを見て、堂上がどう思ったのか、郁が一連の出来事で落ち込んでいると思ったのか、
「辛いか?大丈夫だ。俺達に任せておけ」
と、頭をクシャクシャと撫でた。

うわぁー。今ここでそれ・・
郁は、赤くなった顔を見られないようにと俯きながら はい・・ と、答えた。


そうこうしている間にも柴崎が官舎の空きを問い合わせており、丁度いい具合に用意出来るようだ。
どうやら、非常口そばの都合の好さそうな処が有るらしい。
「明日の一番に玄田隊長に打診してからになるが――」
今のところはその線で、郁を精神的ショックから遠ざけることに決まった。

「はい。じゃあ、仮ってことで図書特殊部隊の名前で押さえてありますから。玄田隊長から必要書類
を作ってもらって下さい」
柴崎は携帯を見ながらそう言うとニッコリと微笑んだ。
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