迷路の向こうに見えるもの 【5】

さしあたっての事を決め、郁は少し気が楽になってきた。
気は楽にはなったものの、よくよく考えると凄い事で。
思いがけず、明日から堂上と一緒に暮らす事になったのだ。
手塚が気がついたように
「でも、いいんですか?」
と切り出した。「ん?何?」と、小牧が聞き返すと
「今日はいいんでしょうか。無言電話がまた今日も掛かってくるんじゃないかと・・」
ホッとしていた一同は、何かを思い出したように固まった。
今晩の事を考えて無かったのは迂闊だった。
「そうだったね。今日はどうする?」
小牧の問いかけに、堂上は眉間に皺を寄せる。
しばらく腕組みをして考えた後、
「柴崎。官舎は押さえたと言ったな」
「ええ」
「もう入れるのか?」
「本来なら、所属長からの書類が必要なんですけど・・。でも、鍵さえ受け取れれば直ぐにでも大丈
夫です」
「柴崎。鍵を頼む。今日から官舎に入る」
ちょ、ちょっと待ったー 郁は声を出そうとするが言葉にならない。
目を丸くして、無言で訴える。
「笠原、なにジタバタしてんのよ。腹くくんなさい」
しれっと柴崎に言われるが、あまりに急な事で気持が追い付かない。
そんな郁を見た堂上も突っ込まれる。
「アホウ。取って食ったりしないから安心しろ。それにだ。明日からは良くて今日は駄目とはどういう
了見だ?」
取って食うって・・ あうー
郁の頭は真っ白になって、もう食事どころでは無くなっていた。
何をどう食べて、何をどう飲んだのかも分からない。
堂上に「バカ、それは酒だ!」と、怒鳴られる。
そんな郁を見て、手塚が「本当に大丈夫なのか?」と心配をあらわにした。
***
余りに郁が、心ココにあらず と言った感じだったので、「一日、二日は・・」と言った柴崎が一緒に泊
まる事になった。
男性陣が布団を、郁と柴崎は、さしあたっての必要な物を運び込む。
急な事で官舎の部屋の明かりは豆電球だったが、明かりが灯るとそれはそれで不安が増大する。
ガランとした空間。
運び込まれた布団以外に、家財道具など何も無い。
堂上達が引き揚げた後、二人は直ぐに眠りについた。
「これからどうなるんだろ」
郁は独り言のように呟いた。
堂上は部屋を出る前に、「何かあったら携帯な」と言っていた。
何かあったらって、何かって何だろう・・?
ダダ漏れな独り言を、柴崎は何も言わずに寝た振りで聞いていた。
―笠原をこんな目に遭わせて、そして私までこんな目に遭わせるなんて絶対許さないんだからね
柴崎は見えない犯人に敵意をあらわにし、制裁を加える事を心に決める。
でも・・ とも思う。
明日から堂上と郁が一つ屋根の下で過ごすのだ。
―これはちょっと要観察物件よね
柴崎はどんな条件下でも、楽しみを見出す事も忘れなかった。
敵は恨みはするけれど、こんな事態は、またとない機会だ。
それぞれの想いの中、夜は更けていく・・
***
翌朝。
普段通りに出勤してきた郁に、堂上が声を掛けた。
「どうだ?」
どうだ って言われても・・何と答えてみようも無い。
愛想笑いで笑ってみせて 大丈夫です と続ける。
「昨晩、また電話がらしい。寮監の話によると、一昨日の五件とはまた違った名前を名乗った電話
が10分間隔くらいを開けて三件あったそうだ」
郁は息を呑む。誰かに恨みでもかったのだろうか・・・
そんな心配を見透かしたように、
「そんな顔するな。皆で戦ってやるから、安心しろ。一人じゃないって思っとけ」
堂上はそう言うと、頭に手を乗せいつものようにポンポンと軽く叩いた後にクシャクシャっと撫でた。
「そうですよね!皆がついていてくれるんですもんね。笠原頑張ります!」
元気な声でそう言うと、堂上は「そうだ その意気だ」と笑ってくれた。
「そうだよね。今晩からは堂上が守ってくれるしね」
小牧がすかさず口を挿むと、二人の笑顔が段々と引きつったものになって、それがまた小牧の上
戸を誘った。
玄田には堂上から事の詳細を伝えてもらった。
そして、これからの対策を立てる為の話し合いをする事になった。
寮に居ないことが相手に分かったら、今度はどう出てくるかだ。
残る郁への接点は図書館しかない。
普段の勤務体制をどうするか、シフトの変更などを話し合うことになる。
柴崎も独自のルートから、最近の郁に関しての調べを開始していた。
その捜査線上に、一人の女性が浮上してきていた。