迷路の向こうに見えるもの 【6】

玄田に報告をした後、郁の今後の処遇について堂上から意見があったらしい。
報告だと言って隊長室に入って行ってから、余程の事が無い限り閉められる事がない隊長室のドア
が閉ざされた事からすると、他の隊員には言えない何かがあったのか?
中からの声は、事務室を警戒しているのか、なかなか聞こえては来ない。
「堂上二正、俺等にも言えない何かあったのか?」
手塚が小声で隣の郁に話しかける。
「・・まさか、やっぱり私とは一緒に住むのは嫌だとか・・で、どうする?なんて事になってるんじゃ・・」
「はあ?あの堂上二正が今更そんな事ないだろ」
「だってぇー。って、手塚!あの堂上二正ってさあ、あんたどんだけ教官贔屓なのさ!」
「バカ!そう言う問題じゃないだろ」
「バカバカ言うな!」
「だって、バカだろう!」
「何やってんだお前ら?」
呆れたような堂上の声がする。
その声で、堂上が隊長室から出てきたと分かった。
二人がやり合っている間に話し合いは終わったらしい。
「あの・・ドアまで閉めて何話してたんですか?」
ここは直球勝負で聞くとしたもんだろう。郁が身を乗り出すように聞いた。
「言いたいところだが、ちょっとな」
と、堂上は口を割らない。
「・・でも、私、当事者だから知る権利あると思うんですけど、違いますか?」
郁は食い下がってみるが、そもそもここで言うようだったらドアを閉めて話をする必要も無いわけで。
「悪いが今はまだ言えない」
すまないな と頭をポンと叩くと、
「だが言っておくぞ。だからと言って不安になる事は無いからな。皆がついてる」
そう言って堂上は郁の頭をクシャっと撫でた。
・
・
堂上は玄田に、それまでの経緯と、了承も得ずに既に官舎を使用している件を報告する。
と、玄田には柴崎から既に情報が入っていたらしく、ドアを閉めて座れ という事になった。
確実な線というわけでは無いが、柴崎の独自の情報網に一人の女性が上がって来たらしい。
まだ何処の誰とも分からな女性は、確かにここ数日の間に何度か郁との接点があったようで捜査線
上に浮上してきたようだ。
「事が事だからな。シッポを捕まえんことには逆にこっちが不利になりかねんからな」
「いったい狙いは何なんでしょうか?」
「さっぱり分からんな。確かに笠原は目立つと言えば目立つが・・」
腕を組んで考え込む玄田。そして
「しかし、図書特殊部隊を敵に回すとはいい度胸だ」
と、苦虫を噛み潰した顔になる。
「個人的怨恨とかも考えられますが?」
堂上が口を挿むと、
「それでもだ。笠原個人的問題だったとしても、笠原は図書特殊部隊の大事な隊員だからな。そい
つを狙った時点で我々を的に回したと同じだ。そもそもウチの大事なお姫さんだろ?」
と、堂上を見てニヤリと笑う。
「奴一人の問題じゃない」
堂上を見透かしたような玄田の言葉に、思わず堂上の顔が赤らんでいく。
「違うか?」
と、真っ直ぐに問われれば誤魔化しは効かない。そうとなれば腹をくくる。
「同感です」
と、堂上は玄田の目を見て力強く言い放つ。
「素直でよろしい」
満足そうな玄田に、堂上は このおっさん 今に見てろ と握った拳に力が入った。
「しかし、これは時間が掛かるぞ」
玄田は再び腕組みをしながら難しい顔になる。
「相手が何かしら動いてくれるといいんですが」
「うむ。寮は無いとなると、あとは図書館だけだ。図書館ならこっちの手の内だからな」
少しでも手掛かりが欲しい。敵の動きだけが糸口だった。
・
・
それからしばらく、何の動きも無く一日一日が過ぎて行く。
女子寮への電話は寮を出た翌日からパッタリと無くなっていた。
それは、堂上達の思ったとおりに進んでいるのかもしれない と唯一思えることだ。
柴崎の郁達が知らされることのない情報網から、女性を特定する作業が進んでいるらしかった。
が、何せ何の動きもないので、そちらの方は四苦八苦しているようだった。
「もうちょっとシッポを出してくれると助かるんだけどな」
柴崎にもそう言わせるほどに。
そして翌日から官舎では、郁と堂上が一緒に過ごす事に。
日報を出して
「よし。あがっていいぞ」
と言われ、郁は一人その場でモジモジしていると堂上に
「なにした?」
と、不審がられる。
教官は何ともないのかな・・恨みがましく少し赤くなった顔で目をやると、困った顔で堂上は
「お前なあ、お前に女など感じてないから安心しろ。こっちこそ、仕事以外でも上官と一緒でスマナイ
と思っているくらいだ」
と言う。言うにことかいて女を感じないって・・!
「それ、失礼なんですが!こっちこそ、教官としか思ってませんから安心して下さい!」
売り言葉に買い言葉って、まさにこれ!? なによもう!
「じゃあ、お先に失礼します!」
郁はプイっと事務室をでて官舎に向かった。
「あれー。怒らせちゃったけどいいの?」
小牧が面白そうに茶化してくるのがまた気に入らない。
自分の言動に、イライラしているってのに・・と堂上は今後が思いやられていた。
そんなこんなで顔を合わせるのが気まずくなっての初日だった。
堂上が官舎に帰ると窓に明かりが灯っている。
結婚したらこんな生活なのか と思うと窓の明かりが何だか嬉しい。
その瞬間、ニヤ付いている自分に気がつきハッとして頭をブンブンと振る。
いかんな、これは・・。
中にはきっと、さっきの事で怒っている郁が居るだろう。
幾分堂上も顔を強張らせながら、ドアを開けた。
・・・。
さて、この場合どうやって言えばいいのか?
「ただいま」って言うのは何だか照れくさい。
「帰ったぞー」だと、夫婦みたいだ。
「ごめんください」・・じゃないしな。
ドアを開けたまま玄関に立ったままの堂上に気づいた郁が先に声を掛けてきた。
「あ、教官、お帰りなさい」
やだなー、なに突っ立ってるんですかー と笑っている。
その時堂上は思った。
やっぱり何だかんだ言っても、俺はこいつに弱いな・・と。
「ああ。ただいま・・」
そう言って靴を脱ぐ。
やばいな・・こいつはかなり来る!
職場では保たれている理性が、プライベートでは大丈夫だろうか。
職場でもプライベートでも、郁に関しての、堂上の心配は尽きない。