迷路の向こうに見えるもの 【7】
郁が堂上と暮らすようになってから、もう1ヶ月が過ぎていた。
女子寮へは全く電話が無くなった上に、相手からは何のアクションも起きていないようだったので、
そろそろ寮に戻る話が出始めた頃だ。

図書特殊部隊に届く手紙の中に、差出人が無記名の郁宛の白い封筒が届いた。
武蔵野第一図書館宛の手紙は業務部へ一括で届けられる。
そこから各部署へ分けられるのだが、どういう理由も無く、しょっちゅう特殊部隊の事務室に顔を出
している柴崎は当り前にその日も特殊部隊宛の手紙類に目をやっていた。
そこで郁宛のその封筒を見つけた。

まず怪しいと思うのが普通だ。
すぐに堂上に連絡を取る。
急いでやって来た堂上と、たまたま一緒のバディだった小牧も駆け付けた。
「どれだ?見せてくれ」
柴崎から白い封筒を受け取ると、裏には差出人の名前も無く、郁への表書きは活字の印刷だった。
目で、開けるぞ と言わんばかりに小牧と柴崎を見る。
二人が頷くと、躊躇う事も無く封筒を破った。

中から出てきたモノは一枚の紙。
開いて堂上達は衝撃を受ける。
柴崎は見たとたん、目を逸らす。

  『あんたのそんざい 目ざわり 命がおしいなら 図書館から出て行け』

何かのチラシから切り取ったと思われる文字を貼った、脅迫文。
「これは隊長に報告するが、他には言うな。俺達だけで止めておく。もちろんここに居ない手塚にも
秘密だ」
こんなのは郁には見せる事が出来ない。
堂上は眉間に皺を寄せ、怒りに震えながら言った。

「でもいいの?笠原さん本人は知ってた方がいいんじゃ・・」
小牧が言い掛けると堂上はすかさず
「ダメだ。あいつは直ぐにマイナス思考になる。出来れば知らせたくない」
「うーん。分からないでもないけど。けど、それ、お前のわがままじゃないよね。あん時みたいにさ」

「小牧教官。私も今は黙ってた方がいいと思います。相手の出方を見てから笠原には伝えたらい
いのではと思いますけど」
「柴崎さんもそう言うなら」

その件は玄田に報告され、相手の次の出方を待つことにした。
その手紙が届いた日から、同じような内容の郁宛の白い封筒が頻繁に届くようになる。

電話の時もそうだが、どうやら相手は心理攻撃を狙っているのようだ。
しかしこのまま大人しくされるがままになっている特殊部隊では無い。
玄田も一連の手紙に目を通してから
「ウチのお姫さんに痛いことしてくれる」
そう言うと、相手にはお構いなしに勝手に親戚と豪語している平賀へと電話を入れた。

        ・
        ・

郁宛の封書が届き始めてちょうど一週間が経った。

女子寮に戻る戻らないの話が出はしたが、封書が届き始めたせいでそれっきりになっていた。
郁は封書の事は知らされていなかったので、どうなっているのかなど郁から言い出せず、出来れ
ば少しでも長く一緒に居られたらと、そう思っていた。

堂上はどう思っているのだろう?

あれから一ヶ月以上一緒に暮らしてはいるが、きっと気を使ってくれているんだろうと思うほど、官
舎に居る堂上は隙が無かった。
郁はと言えば、寝ぼけてパジャマで部屋から共有のリビングに出てしまったり、堂上が帰宅前に
済まそうと、慌ててバスタオルを巻いたままお風呂から出たら帰宅したばかりの堂上と鉢合わせ
したり・・。

なんだか気にかけているのは自分ばかりのような気がして、郁は少し寂しさすら覚える。

そんな時だった。


管内警備に当たっていた郁は、最近ちょくちょく顔を合わせればレファレンスを頼まれる女性の利
用者に、その日も本のリファレンスを頼まれていた。
いつもだと、割と郁もよく知った傾向の本をレファレンス頼まれるのだが、その日は違い、英語の
題名がついた本だった。
「かなり昔の本なので、無いかしら?」
その利用者は心配そうな顔になっている。
「今、検索してみますね」
そう言って、その場を離れ、近くの端末を操作するが、スペルもよく分からず無線で堂上に助けを
求めることにした。

「なにした?」
いつものような問いかけに、いきさつを言うと、堂上は眉間に皺を寄せて
「それはどんな利用者がレファレンスを頼んだんだ?」
と、逆に聞き返される。
「はい?最近よくレファレンスを頼まれる、優しそうな女の人ですよ。ほら、あそこに・・あれ?」
「どうした?」
「あの・・見当たりません」
周りをキョロキョロと見渡してみても、姿が見えない。
いつもなら、すぐそこで、ニコニコとこちらを見て待っているはずなのに・・
「変だなぁ。トイレにでも行ったのかな?」

「笠原、その女性の服装は?」
「は?・・えーと、淡いピンクのアンサンブルにグレーのミニにスカートだったかな」
「身長は?」
「うーん・・。私のこの辺くらいだから・・柴崎くらいかなー。あの・・何でそんなことを?」

郁の問いには答えず堂上は柴崎の処へ行き何やら話している。
何がいったい??
そして一瞬、背中を悪寒が走った。

も・し・か・し・て・・!?

堂上の後ろから声を掛ける。
「ど、堂上教官・・あの・・まさか・・」
振り返った堂上は怖いくらいの顔をしていて、郁は ひぃっ と声を上げた。
大丈夫だ と、堂上は郁の頭に手を乗せ、いつものようにポンポンと叩いてからクシャクシャっと
撫でた。

「まだ分からないが、柴崎と隊長の方からの調査が上がってきてる人物に、お前にレファレンスを
頼んだ奴が酷似している」
「ウソー!!」
「アホウ!声がでかいわ!」

柴崎に召集を掛けてもらったからこれから会議室へ移動だ と、玄田と堂上班、柴崎が指定され
た会議室へと集まった。

        ・
        ・

それから数日して一人の女性が捕まったと平賀から連絡が入った。
容疑は『女性図書隊員への脅迫及び図書隊への業務妨害』との事だ。

図書特殊部隊の隊員に一目ぼれした容疑者A(Aと呼ぶ)は、その後武蔵野第一図書館に通い詰
るようになった。
そこで訓練中のグランドや図書館内で、その男性隊員と何度となく接点を持つ女性を見た。
何度も通ううちに、その女性は、図書特殊部隊でも唯一の女性隊員だと分かり興味を持ち始める。
その間、男性隊員に何度か誘いを掛けるが断られ、Aは女性隊員のせいだと思い込んだようだ。
自分の方が可愛くて女性らしいのに と思ったAは次第にその女性隊員に嫉妬を覚え、寮に、いた
ずら電話を掛けた。
が、すぐに寮には居ないと知らされしばらく図書館に通ってみたら、女性隊員は図書館におり、今
度は脅迫文を送りつけ、図書館から居なくなることを狙った。

との事だった。



堂上が官舎に戻ると、先に郁が帰っているはずの部屋の明かりが点いていない。
「笠原?居ないのか?」
入ってから電灯を点けると、リビングの隅にうずくまっている郁を見つけた。

「笠原・・」
もう一度声を掛けると
「あ・・教官・・」
と、やっと気づいたように郁が顔を上げた。
そして、それでも郁は、あの女性の優しそうな微笑みがどうしても偽物には思えない。
止めようと思っても、涙は次から次へと零れるばかりだ。

堂上は、もう理性とか、そんなのはどうでも良かった。
郁を抱き寄せると、力いっぱい抱きしめる。
「いろんな奴がいるんだ。お前はお前らしくしてればいい。そんな奴に屈する事はない」
しゃくりあげながら泣く郁が落ち着くのを待って、堂上は言わなければならない一言を告げた。

「大変だったな。四六時中、上官と一緒でお前も何かと苦労しただろ。もう、そんなのも今晩で終い
だ。寮に戻ったらゆっくりするといい」
と・・。

あ・・、そうだった。
犯人が捕まったら、もう堂上教官との暮らしは終わり。
郁は いろんな思いをしたが、それでも教官と暮らせたことは、あの女性に感謝かな・・と思った。

「教官。ありがとうございました―― 大変だったけど、楽しかったです」
郁は、気丈に、そう言って笑ってみる。
「ああ。俺も楽しかったぞ」
と、堂上も笑って応える。

堂上の一言が嬉しい。

今度は本当に、一緒に暮らせたら――
そんな日が来る事があったらいいのに・・       

                                                        fin.

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