いつだって正義の味方 【3】
堂上は事務室に一人残り、その日会合に出掛けていて留守だった隊長へ、今回の報告を書類に
まとめていた。
書類を書きながら、理不尽な物への怒りがこみ上げてくる。
目が離せない部下は、迂闊ではあるが素直で一生懸命で、そんなえも言われぬ事で疑いを掛け
られるような浮ついた奴ではないと、胸を張って言える。
しかし相手がどう出てくるかがまったく分からない以上、手も足も出ない。
下手にこちらから行動を起こせば、相手の言い分を少なからず肯定していると捉えられてしまう。
そして、何かあったらいつでも頼れと言っている部下は、何を遠慮してか、今まで事ある度に、い
つも強がって甘えてくることを決してしない。
それがどんなにもどかしいことか・・。
いつだって、何をしていても、どんな時でも、支えてやりたい。なのに・・
俺はそんなに頼りにならないのか
また今回も、きっと鳴らないであろう携帯電話に目が行って、ついつい溜息が出る。
何かあったら携帯・・そう言ってあるが、それは何も無くても掛けてきたところで構わないのに、な
かなか掛けてこない部下に、せめて電話でもしろ とそんな思いも含まれているのに。
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寮に戻った堂上の元へ、いつものように小牧がビールを持参で訪ねて来ていた。
園側との接点が一番あった手塚も、もちろん加わっている。
「お前、何か他に園から聞いていたんだろ?」
なかなか言い出さない手塚に、堂上が話を向けた。
小牧も同調するように手塚を見ると、
「やっぱり分かりましたか」
「当たり前だ。それくらいお前を見ていれば分かる」
「実は・・さっき本人を前にして言えなかったことがあったんですが・・」
手塚は言いにくそうに切り出した。
「園児の母親なんですが、前に笠原がその母親に図書館でリファレンスをしたことがあったのだ
そうです。その時の笠原の態度がどうやら好ましくなかったようで・・」
「まあ、聞けば厳格そうな親のようだしな」
「何したんだか分らないけど、なんだか目に見えるようだね」
上官二人の顔が強張る。
「そんな自分の気に入らない図書隊員のことを、溺愛する息子が大好きになったら・・」
母親の気持ちは分からないまでも、状況は厳しいとは理解できると手塚は続けた。
「感情論だね。こういうのが一番やっかいなんだ」
「お前の言う、正論も通らない相手だな」
「そして更に問題なのが、あの幼稚園のPTAでの影の実力者なんだと、園長も困っておられるよ
うでした。そういうのがモンスターペアレントになっていくんでしょうか・・」
「まあ、そればっかりでは無いだろうが」
「でも、今回はその予備軍だね」
「笠原、どうなるんでしょうか?」
こればっかりは分からない。
「柴崎の報告を待って、明日隊長と相談だろう」
堂上は一段と難しい状況に苛立つと、つい怒りと共に独り言がこぼれた。
「まだ幼稚園児だろうが!恋愛対象にもならん!」
「でも、初恋が幼稚園の頃の先生とかはよく聞く話です」
生真面目に返す手塚に、堂上の眉間に皺が寄る。
小牧がそれを見逃すはずもなく――
手塚が先に部屋に戻った後、これで終わりにしよう と、もう一缶ビールを開けながら
「堂上。さっきの手塚にムッとしたでしょ」
含み笑いで堂上の言葉を待っている。
「なんのことだ?」
何かしゃべると余計な事を言ってしまって突っ込まれる事は経験上分かっている。
「分かってるくせに。まあいいや。笠原さんが幼稚園児を恋愛対象に選ぶとは思えないもんね」
ほらみろ。何も言わなくてもこうだ。堂上は一気にビールを煽った。
「笠原じゃなくても、幼稚園児は無いだろうが!」
お前は馬鹿か?とジロリと睨むと小牧は喉の奥で笑い声を立てた。
「あはは!そうだねー。笠原さんがあまりにも可愛いもんだからさー」
「保護者として、可愛い部下を守らないとだね。班長」
ああ、分かっている と声に出さずに答える。
下手に返事をすると、今はどんな二の矢が飛んでくるか分かったもんじゃない。
「あと俺から忠告しとく。たまには堂上から笠原さんにメールなり電話入れたらいいんじゃない?」
思ってもみない発言にけげんな顔になる堂上に
「待ってたって来ないで心配するんだったら、自分で動けばいいでしょ」
と、更に小牧は続ける。
「それはそうだが・・言われなくても分かっている」
と、堂上はふて腐れたように吐き捨てた。
***
それから暫くは何も起きることなく、いつもと変わらない日々が過ぎていた。
このまま何事も無く終わってくれたら・・と、誰もが思っていた。
しかし不安はぬぐい去ることは出来ず、次第に郁を追いつめていく。
狙われたのは自分。
なんとかしなきゃと、余計な思考が暴走を招いてしまうのだった。
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「堂上、笠原さんに電話とかしてる?」
今日のバディは堂上と小牧、郁は手塚とだ。
小牧に問いただされ、堂上は首を横に振った。
「いや。あいつが大丈夫と言うからつい・・」
「そうか・・。ちょっと最近の笠原さん不安定だよね」
小牧に言われなくとも、堂上にはそれが手に取るように分かっていたが、郁に声を掛けると強がる
のかいつも 大丈夫です と返される。
どこまで自分が部下に介入していいのか・・。
そうでなくとも、皆には過保護とか番犬とか散々言われているのだ。
こんな時こそなのに、こんな時に釘を刺す自分がいる。
その時、無線で手塚の声が響いた。
「堂上二正!至急来てください!場所は・・」
「分かった。直ぐに行く。とにかく笠原を落ち着かせろ!」
堂上はそう言うと小牧と現場に向かって走りだす。
「待ってろ!早まるな!」
朝のミーティングの時の郁の無理やり作ったような笑顔を思い出していた。
俺が守ってやる――
そう言ったのは俺だ。
堂上と小牧が駆け付けたその先に、郁とあの母親が居るのが見えた。