いつだって正義の味方 【4】
いつものように郁は館内警備にあたっていた。
今日のバディは手塚。
最近情緒不安定な感じが自分でも分かっていて、手塚も察しているらしく 無理するなよ と変に
優しいところが、らしくなくて何だか申し訳ない。
しっかりしなきゃ と思うが、どう出てくるか分からない「敵」に日に日に落ち込んでしまう。
カウンター付近を通ると、そこに居る柴崎と目が合って、ガッツポーズを贈られた。
同じポーズを返して、さあ今日も頑張ろうと自分に喝を入れる。
多分その辺りから後をつけて来ていたのだろう。
図書館棟から公共棟へ向かっている時だ。ちょうど利用者が切れた辺りで、一人の女性に呼び止
められた。
「ちょっとよろしいかしら。あなた、笠原さんですわね?」
「はい。そうですが」
そう返事をして振り向いた郁と手塚に、声を掛けた女性がニッコリと微笑んだ。
郁はその顔に見覚えが無い。
「私が笠原ですが、何か御用ですか?」
相手の女性の笑顔に釣られるように笑顔で応える。
女性の笑顔は見惚れるほどで、ふと郁は柴崎のそれのようだと思った。
郁本人と認めると、笑顔のままで近寄ってくる。
しかし、相手の笑顔はそこまでだった。
2mほど手前で立ち止まると急に表情が無くなり郁を見つめる。
その無表情が尋常でないように感じ、郁も手塚もビクッと肩をすぼめた。
手塚は小声で
「こいつ、ちょっとヤバいぞ。もしかしたら園児のー」
と、郁に声を掛ける。
「うん・・」
返事をしながら、郁は唾を飲み込んだ。
「堂上二正に連絡を入れる。お前、下手に動くなよ。ちょっと待ってろ」
郁はコクンと頷く。
手塚は郁にそう言うと女性には丁寧に
「何か大事なお話がおありのようですね。私はちょっと外しましょう」
わざとその場を離れる為に言った。
「ええ。そうして頂くと嬉しいですわ」
言いながら、女性は郁から眼を放さない。
狂気に満ちたような瞳に、郁は 怖い と思ったら動けなくなった。
教官に早く! 顔だけ手塚に向けると、手塚は頷きながら郁の肩を叩いてその場から立ち去った。
そして無線で連絡を入れる。
「堂上二正!至急来てください!場所は・・」
すると直ぐに堂上から返答が来た。
「分かった。直ぐに行く。とにかく笠原を落ち着かせろ!」
「笠原には 下手に動くな と言って、連絡の為に自分はその場を取り合えず離れました。これか
らまた戻ります」
「ああ、そうしてくれ。俺達も直ぐに行く!」
・
・
女性は男性図書隊員がその場から立ち去るのを見届けると、再び郁をジッと見つめた。
歳の頃は郁とさほど変わりがなさそうなその女性は、育ちがそうさせているのか母としての強さ
からなのか、凛として存在感すら感じられる。
郁は息をするのももどかしく、ゴクッと唾を飲み込んで女性の次の言葉を待っていた。
「事の次第によっては、私はあなたを許しません」
女性の毅然としたその態度に郁は息をのむ。
「それは・・どういう・・?」
「あなた、一見するに、私とそう歳は変わりませんよね?物の分別もありますでしょ?それとも子
供のように何も考え無しで日々過ごされてるとでも?」
郁は うっ と言葉に詰まる。
これは柴崎よりも上手?っていうより、何を言っているのか・・郁の理解の範疇を超えていた。
「・・すみませんが、おっしゃっている事が分からないのですが・・」
言葉を選びながら返答する。
「この期におよんで、まだそんな事を・・。あなたご自分がなさっている事がお分かりにならない?」
呆れたと言わんばかりにそう言うと、またさっきの無表情な顔で郁をジロリと覗き込んだ。
「あなたの無神経さが、子供達を惑わしているのよ」
「何の事だか・・」
「まあ!忌々しい。調子のいいことばかり言って、子供達が喜ぶことばかり言って、誑かすのは止
めて頂きたいと申し上げているのが分からなくて?」
なにそれ!子供達と楽しんで何が悪いの。この人、言ってる事が滅茶苦茶じゃん
黙っているのが肯定と取ったのか、鼻でフンと笑うと女性は怖い顔になり、そして――
「うちの息子はね、あなたに誑かされる前はずっとママが一番だって言っていたのよ。それが・・
全部あなたのせいなのよー!公共の図書館で子供相手に淫らな事は許されないのよ。叔父様に
言って、あなたをここに居られないようにしてやるわ」
怖い顔のままで、ホッホッホッと居丈高に笑うのだった。
「もしかして、あなたが マサトくんのお母さまですか?」
「そうよ。やっと分かっていただけたのかしら?」
窺うように聞くと上から目線で返される。
その態度に怯みながらも、伝えなくてはならない事は言わなくては・・と、つい思ってしまう。
「あの・・。申し訳無いんですが、私、マサトくんがどの子か分からないんです」
その一言がマサトの母の気持ちに油を注いだ事を郁は気がつかない。
マサトの母は、携帯を取り出すと何やらメールをどこかに送信したようだった。
「思い知るがいいわ」
マサトの母はそう呟くと、いかに子供にとって母は大事かとか、自分は子供をこんなに愛している
などを懇々と語りだした。
母の愛は深い。それは郁も思い当たるだけに、その話に目を逸らせなかった。
少し間をおいて、どうやらメールの相手らしい女性がやって来たようだった。
その呼ばれた女性は、明らかに血の気が失せた顔色をしており、どう見ても不自然に震えている。
戦闘職種の経験から、これはマズイ と身体が強張る。
手塚がその場に戻って来たのと、呼ばれた女性が持っていたカバンの中に手を入れたのが同時
だった。
それを見て、とっさに手塚が大声を出す。
「言い忘れたことがあって、戻ってきたんですが!」
女性は急な男性の声に怯んだようで、鞄に入れたまま固まってしまった。
それでも震えは止まらないようで、顔色も近くで見れば尚更青白い。
手塚は郁に駆け寄って、耳元で堂上達が直ぐに駆けつけることを伝える。
頷く郁。何だかそれだけの事なのに、力を得たような感じがする。元気が戻ってくる。
現金なようだが、堂上が傍に控えているというのは、どんなに心強いのかと、今更ながらに実感
してしまう。
安心感からつい、言わなくてもいい一言が口からこぼれた。
「マサトくんのお母さん。幼稚園児相手に恋愛感情はありませんから大丈夫ですよ。みんな可愛
いし。マサトくんだけが特別ってこと、ありませんから」
母の思いは間違った方向へ進むとやっかいで・・。
子供を取られたと思えば怒り、逆に関心が全くないと言われると、それはそれで面白くないようで。
しかもそれが極端な思いのマサトの母は、今までの感情に更にそれが上乗せされてしまった。
「あなた今なんて?うちの子は見るところがないとでもおっしゃりたいの?」
「・・えっ?だ、誰もそんなこと・・」
「この私を馬鹿にするのも大概になさって!」
はっ!?何でそうなるのよー
「サチコさん、こんな女、やっちゃって!」
マサトの母はそう言うと、未だ顔の真っ青なメールで呼び出したサチコという女の背中を押した。
女はコクンと頷くと、意味不明な事を口走りながらさっきから手を鞄に入れたままで、ゆっくりと郁
に向かって歩き出した。