課業が終わり 日報もそこそこに仕上げて
郁は 慌しく寮に帰って行った。

堂上教官とは口を利きたくない。
事務室のドアを閉める時に 
「笠原っ!」
聞こえた気もしたが・・ 気になんてしていられない。
無視よ!無視!!

郁の顔は それは不機嫌極まりなく 足取りも荒々しい。
寮に着くと ロビーにある自動販売機から いつもは飲まないビールを買う。

「飲んでやる!今日は 気分がビールを呼んでいるのよ!」
誰に言うでもなく そう言いながら 2本。
多いかな・・ チラッとそう思ってもみたが 残ったら柴崎にあげればいいもん 一人で聞いて一人で答える。
そしてビールを抱えて 自室に戻った。





その日の終わりに事件は起こった。

いつもと代わらぬ1日。
最近は 検閲も抗争もなくて本当に穏やかで 気が緩んでいたと言ってしまえばそうなのかもしれなかった。

郁は いつものハイポート訓練で使っている小銃が1丁足りないのに気がついた。
片付けの担当は持ち回りで 今日は郁が担当になっていた。
もう一度数えてみるが やはり足りない。
あるはずの場所が1つ空いている。

自衛隊から払い下げてもらっている 今はもう使わない型の銃で 訓練用にしか使っていない代物だ。
弾を装てんする事は無いのだが 銃は銃だ。
やっかいな事に使われたら それこそ良化隊や世論から 何を言われる事か目に見えている。

管理がなってない これだから図書隊は・・

わあ どうしよう・・ 
慌てれば慌てるほど 思考回路も塞がってしまう。
冷静に 冷静に・・ 
そうは思っても なかなかなれるもんじゃ無い。

そうなったら 教官に事実を伝えて 皆に協力を仰げばいいのだが
パニックになっている郁は それすらも考えられずにいた。
ただひたすら 教官に怒られる・・そればかり考えていた。

そこへ その知られたくないと思っていた教官が
「何した?」
と 現われたのだ。

ギクッ とするが 格納庫の入り口で なんでもないです と 手を振る。
その様子は どう見ても何か隠しているのがアリアリと分かる。
もう一度
「何した?」
今度は 先ほどとは比べ物にならないほどの強い語調だ。

郁は とっさに言葉が出てこない。
えーっと・・ その・・ しどろもどろで どうしよう・・と目線が小銃を見る。

その郁の目線を追うように 堂上も小銃に目をやり あるはずの場所に1丁掛かっていないのを見つける。
これか!?
声を荒げないように 幾分落ち着いた口調で
「小銃が1丁無くなったんだな」
そう 言うと 郁がビクッとして堂上を見て コクッと頭を縦に振る。
「スミマセン。全然気付かなかったんです・・ 私のミスです」
「分かった」

「で いつ気付いた?」
「あの・・つい今しがた・・ 鍵を掛け忘れたと思って戻ってきたら・・ すみませんっ」
鍵を掛け忘れるだと!
堂上から拳骨が落ちる。
「小銃が無くなると言うのはどういう事か 分かってるのか!?」
あとは 延々説教が続く。
「そもそもお前のいつもの素行がだな!」
とか 段々違う話でも怒られ始め ちょっとそれは今違う・・と言いかけると 五月蝿い! と怒鳴られる。

「いつまでも 学生気分だから こんな事になるんだ」
もう いいように言われっ放しになってくるが 事が事だけに 何も反論が出来ない。
何か言おうもんなら 余計に怒鳴られる事になるのは さっき学習した。

段々自分がいかにダメな人間で 何をやっても出来なくて 足手まといにさえ思えてくる。
今日の堂上は よほど虫の居所が悪かったのか 説教もヤケに長く感じる。

何だか 教官にも見限られてる気がしてくる・・
かろうじて 涙は寸前で止めていた。

「ここで説教していたところで解決にならん。玄田隊長に報告して指示を仰ぐ」

堂上がそう結んだ所で 三人の隊員がこちらに向って来るのが見えた。
ん?
一人の手には・・・ それ小銃じゃないですかっ!
郁の目がこれ以上無いといった大きさに見開かれる。
「堂上教官 アレ!」
と声を掛けると 堂上もまた同じように固まっている。
「ああ」

三人は 何が起きているのかわからずに あっけらかんとした様子で
「お疲れ!」
と 声を掛けてくる。
「あ、今日の担当は笠原さんだったよね これ閉まっといて」
その中の一人が 持っていた小銃を郁に渡す。
「どうして?これ・・」
と その相手を見ると 笑いながら
「ああ これ? さっき使ったときに ちょっとココの部分が壊れてるのに気付いてさ」
言いながら 手にする部分を指差す。
「壊れてた!?」
「そう。危ないでしょ。だから応急処置してきたのさ。訓練中に怪我したら困るでしょ」
「はい・・」
「隊長には言ってあるから大丈夫だよ。あとは閉まっておけって言われたから」

じゃあ! と手を上げて 三人は何も無かったかのように帰って行った。

気まずいのは残された二人。

堂上は
「すまん。さっきはちょっと言いすぎた」
と 罰が悪そうだ。

言いすぎた・・ですか!? そう言えばさっき チラッと人格否定までしてくれましたよね・・
そんな思いが沸々と湧き上がってくる。
「もう 教官と口利きたくありません!声掛けないで下さい」
郁はそう言い これ!と 鍵と小銃を渡し 足取りも荒くその場を立ち去った。

堂上は しまったな・・ と舌打ちをし どうしたもんかと頭を抱えた。




確かに今日の堂上は イライラしていたのだ。

お昼休憩終了間際 その電話が掛かってきた。
電話の相手は 母方の伯母さん。
滅多に電話をくれる人では無いが 堂上にとってはちょっと気の重い 苦手な人でもある。
嫌な予感がした。

案の定 もっとも避けていた堂上の見合い話だった。
しかも話は一方的で
「いい子が居るのよ。今度の公休ないつなの?空けておきなさい」
公休日を告げないでいると 
「だったら今度の水曜日に休みを取りなさい。また連絡するから」
と 本当に人の話を聞きやしない。

休みなど取る気も無ければ 見合いなどする気は毛頭無い。
ずっと気になって仕方の無い存在が直ぐ傍に居るのだ。 

なのに・・・
そのイライラを よりにもよって笠原にぶつけるとは・・ 
こんな事じゃ 前の自分と何ら変わってないじゃないか・・
怒らせたどころか 嫌われたか・・
いや 元々嫌われているしな・・今更・・

自分の失態に つくづく嫌気が差して 落ち込みようもかなりの物だ。
事務所に戻り タメ息を吐く。
小牧が心配してくれるが とても話す気にもならない。

そこへ郁が着替えて戻ってきたが 案の定 堂上を見ようともせず さっさと日報を書き上げると挨拶もせずに出て行ってしまった。
「笠原!」
堂上は声を掛けたが 完璧に無視だ。

「どうしたの?かなり怒ってるみたいだね 笠原さん」
小牧は不思議そうに首をひねる。
「・・小牧 寮に戻ったら一杯やろう。俺の部屋に来てくれ」
小牧は 見たことが無いほどの落ち込みようの堂上に わかった とだけ言うと お先に!と帰って行った。




「堂上来たよー」
と 小牧は部屋へ上がりこむ。
既に 堂上は二缶目を飲んでいた。
「悪いな・・ ちょっと愚痴だ。聞いてくれるか」
「俺でよければ お安い御用だよ」
小牧は 少しでも和めばと ニッコリ笑いかける。

昼間に掛かってきた伯母の電話の用件と そのせいで郁にあたってしまった事を素直に話す。
腕を組んで聞いていた小牧は 困ったね・・ と言うと 笑顔から難しい顔になってしまった。
「相手が悪かったね・・」
しかし 相手が郁だからこそ 堂上はそんな態度をとってしまったのだろう。
友人の心情を思うと 可哀想に切なくなる。

「おまえ見合いする気ないんだろ?ハッキリと断ってしまえばいいんじゃないのか」
一筋縄ではいかない伯母の事を思うと 気が重い。
「分かっている・・」

「それより 笠原さんだね。もう 誤り倒すしかないんじゃない?柴崎さんに頼むとか・・」
「柴崎か・・ 高くつきそうだな」




その頃女子寮の一室。
郁は 今日の出来事の一部始終を柴崎に話していた。
手には 飲めないハズのビールを持っている。
「あー 腹が立つ!!」
本当は 腹が立つと言うより 堂上に言われた文言にかなりショックだった。

柴崎から 慰めの言葉がくると思っていたら
「・・ねえ笠原。今日の堂上教官 いつもと違ってなかった?」
思ってもいなかった言葉が返ってきた。
「・・そ・・そかな?」

そう言えば 午前中の教官と お昼からの教官 違う人みたいだったかも・・
でも それとこれとは違う話だから。

「いつにない説教があったのは 教官に何かあったと思うのが筋が通るわね」

何だか 話が逸れてません?
教官に何かあったから 私にあたったってこと?
やだ 逆に何があったのか心配になってきた・・・
郁は持っていた物をいつものジュースと思ったのか 急に一気にビールを口にした。
「バカ、郁!一気に飲んだら・・」
柴崎の制止も及ばず 郁の意識はぶっ飛んだ。
「笠原ったら・・ 飲めないもの飲むくらい落ち込んでたのね・・」

そこへ小牧から柴崎へ電話が入る。
「今大丈夫?」
「ちょっと取り込んでますけど 大丈夫です。丁度良かったです。堂上教官のことでしょ」
そう切り出すと 流石だね と言われ 笠原さん聞いてない? と聞かれる。
飲めないビール飲んでぶっ倒れて寝てます と笑いながら告げると電話の向こうから なんだと!
と声が聞こえる。
小牧教官 堂上教官と一緒なのね。

「で 何がありました?」
率直に訊ねる。
小牧は堂上から聞いた話を自分なりに簡潔にまとめて話す。
黙って聞いていた柴崎は 
「話はよーく分かりました。あとは こっちで上手くやっておきますね」
と言った後
「飲み代1回朝までで手を打ちましょう」
「芝崎さん それは堂上に言ってね」
2人のやり取りは そんな事で終わり 電話を切る。

堂上は今回ばかりは肩身が狭い。
「笠原 大丈夫か?」
倒れたと聞いて 気が気でない。俺のせいだ・・
「心配?」
ニヤリと笑う小牧に
「そんなんじゃない」
と言うが 小牧は 素直じゃないね と打ち捨てた。

とにかく今は 謝るしかないか・・堂上はそう思うしかなかった。

捻じれた気持ち

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