郁は夜中に目が覚めた。
「あれ?あたし・・・」
そうだ。確かビールを飲んで・・その後の記憶が無い。
そのまま寝てしまったのか・・
何となく頭が重い。
喉渇いたな・・
ソロリと部屋を抜け出し 寮の共有スペースであるロビーへ行く。
ペットボトルのミネラルウォーターを選びボタンを押す。
その時男子寮の方から誰かが来る気配がして そちらに目をやると暗がりに影が近づいて・・
その人物を見て お互い息を呑む。
ど、堂上教官・・
そう思った瞬間 身体が勝手に逃げるように向きを変える。
「笠原っ!」
堂上も瞬間的に 郁の腕を掴まえていた。
「離して!教官とは 何も話すこと無いですから!」
課業後のあの時のように 強く言ったはずなのに 何故か声は震えている。
やだ・・あたし・・ 酔ったせい!?
口利きたくないのに・・
「すまん。俺が全部悪い。どうしたら許してもらえる?」
いつものような 威厳のある堂上とは違う 憔悴した声だ。
その声に 郁は怯みながらも あれは本当の堂上の気持ちなんじゃないかと疑ってしまう。
だから 何かあった時に本音が出てしまうのでは・・。
自分は所詮それだけの存在なのだと そう思い知らされたばかりだったから・・。
「あたし・・随分な事言われました。あたしを否定する事まで・・許せない・・」
「・・すまん・・信じてはもらえないかもしれないが 本心じゃないんだ」
本心じゃない!?信じられない・・
「俺 取り返しのつかないことしたんだな・・」
そう言うと 郁を掴んでいた手を離し もう一度 すまなかった と言って 今来た道を戻って行った。
取り返しのつかない・・ 堂上の弱々しい声が郁の耳に残った。
気持ちと裏腹に 涙がこぼれる。
堂上教官・・違う・・そうじゃないの・・
取り返しのつかないことをしたのは 今のあたし!?
翌日出勤すると 玄田に隊長室に来るように言われる。
何事かと 部屋へ入ると
「笠原。今日からお前は 菅原班所属だ」
と 訓示を受ける。
えっ!?それって・・・どういう・・
「全く・・何があったか知らんが 堂上からの申し出だ。笠原はきっと自分とは一緒に居たく無いはず
だからとな」
喧嘩でもしたか?と 一応心配顔で覗き込まれる。
「・・堂上教官は?」
「ああ。ヤツには今日は隊の所用で都内の図書館に行ってもらってる」
困るぞ。仲のいいのはいいが 喧嘩して仲違いするなよ。
玄田は笑いながらそう言うと
「下がっていいぞ」
と締めた。
隊長室から出てきた郁を心配して 小牧が声を掛ける。
「何だった?」
「・・あの・・あたし今日から菅原班だって・・」
郁の泣きそうな声を聞いて
「どうして!」
と 手塚が大きな声を上げる。
「あたし もう堂上教官に見放されちゃった・・」
「バカな・・そんな事ないだろ。あの堂上教官だぞ!」
手塚は驚きを隠せない。
「だって・・」
目にいっぱい涙を溜めて泣くのをこらえている郁に小牧は
「笠原さん。堂上は見放しちゃいないよ。笠原さんはまだ 堂上を許せない?」
穏やかだが 鋭い。
「あたし・・・」
「とりあえず 今日は堂上も居ない事だし 俺が班長代理をするよ。今日は堂上班のままで仕事し
よう」
小牧はそう言ってくれた。
そして あいつ何考えてんだ・・ と呟いた。
今朝 あれから余り眠れなくて早く目が覚めた。
少しして 柴崎も起きてきて大事な話しがあるから と。
そして 柴崎から 事の真相を聞かされた。
いつもと違う堂上に気が付かなかったのは私。
酷い事言われて 傷ついたのも私。
でも 自分だけ傷ついたと思って もっと酷い事したのは 誰でもない 私だ。
堂上教官は 謝ってくれたのに・・
頑なになっていたのは私だ。
取り返しの付かない事をしたのは 私の方。
教官は お見合いしちゃうのかな・・
お見合い・・心臓がドクンドクンと締め付ける。
堂上が遠くに行ってしまう・・そんな気がして 切なくなった。
そして 出勤してみればそこには堂上は居なかった。
いやっ!
なんでこんな・・・
教官が 目の前から居なくなるなんて 考えた事無かった。
当たり前にいつも傍に居るものだと 思ってたのに・・
もう堂上教官の傍に居れないの?
もう 頭にポンって手を乗せてくれないの・・・?
「笠原さん 大丈夫?」
小牧は郁の肩に手をポンポンと叩いて ニッコリと微笑む。
その顔を見た瞬間 郁は小牧に寄りかかって泣き出す。
「困ったね・・ これじゃ仕事にならないよ」
堂上も罪作りだね そんなふうに言うと
「ちょっといいかな」
と 空いている会議室に郁を連れて行く。
手塚は どうしていいか分からず 状況を見守っていた。
小牧は郁を会議室の椅子に座らせると
「笠原さん 聞いていい?」
郁は コクッと頷く。
「まさか このままでいいとか思ってないよね。本当に菅原班に行くとか」
思いっきり首を横に振る。
「でも・・堂上教官がもう私の事どうでもよくて もう面倒も見れないとかで・・そしたら・・そしたら・・もう
・・」
「俺が思うに それは無いはずだよ」
「だったら何で!何で菅原班に行けだなんて話しが出るんですか!」
困ったね と言った顔をしながら小牧は
「俺も正直驚いているんだ。昨日まではそんな素振りも無かったからね。まさか笠原さんを自ら手放
すとは・・。何かあったの?」
と聞いてくる。
さすが察しのいい小牧だ。
郁は 夜中の出来事を 小牧に語った。
「わたし何も知らなくて・・。堂上教官がどんな思いでいたのか考えもしないで 自分のことばっかり・・」
机に突っ伏して泣き崩れる。
「教官あんなに謝ってくれたのに・・ 取り返しのつかないことしたのは 私の方・・」
もう顔も上げれない。
「笠原さん・・」
小牧はタメ息をつくと
「ボタンの掛け違い 噛み合わない歯車・・ってトコかな。狂ってしまうとどうにもならない」
そう言い
「けど まだ間に合うよ。諦めちゃいけない。諦めたらそこでThe Endだよ」
と続ける。
郁は顔を上げて小牧を見つめながら問う。
「私 どうしたら・・?」
「そうだな。今の笠原さんの正直な気持ちを 堂上に言ってみたらどうかな。きっと伝わると思うよ」
小牧は がんばって そう言って 先に出るよ と会議室をあとにした。
「私の正直な気持ち・・。伝わるかな まだ間に合うかな・・」
郁は 泣きながら 頭の中もぐちゃぐちゃでどうしていいのかもわからないけど
この思いは伝えなくっちゃ・・ それだけは思った。
捻じれた気持ち
【2】