【10】
夏の野外訓練
行きのバスの中では 他愛の無い話で場を繋ぐ。
なるべく隣を意識しないように・・
よく読む本の話題とか テレビ番組がどうだとか。
「今回は海に入れるんでしょうか?」
と言う 郁の話から海水浴の話題になった。
「さあな。隊長の事だから気分で変わるんじゃないか。ああいう人だからな」
堂上が考え込みながらそう言うと 少しの沈黙の後
「・・!あ、そうかぁ・・」
と ため息混じりに郁が答える。
「それがどうかしたのか?」
「実は・・ もう海は諦めだなーって思って あえて水着を持ってこなかったんです」
心なしか 落ち込んでいるようだ。
「失敗したかな・・あ、でも現地で売ってるかも!・・ あ、サイズが合わなそう・・」
一人で落ち込んで浮かれて 何だか見ていると可愛くて 堂上はそんな郁をジッと見ていた。
「おまえ面白いな」
ふと そう言うと
「またそんな事!からかわないで下さいっ!」
ちょっと赤くなるのがまた可愛い。
「あ、もしかして 私の水着なんてどうでもいいとか 思ってません?」
そう振られて 堂上は思わず
「そんなこと無いぞ。少しは・・」
と言いかけて いや何でもない と口ごもる。
「教官?」
少しはって何なのー と 気になるー と 一人騒ぐ郁に
「何でもない。眠いから寝る」
と言い放ち 腕を組んで目を閉じる。
つついても 叩いても 微動だにしない堂上に 仕方ないと諦めて郁は暫らく窓の外を眺めるが
朝早かったせいもあって いつの間にか寝息を立て始めた。
毬江と携帯越しに会話を楽しんでいた小牧は 通路を挟んだ隣の席の様子も気に掛けていた。
暫らくして寝入った二人を見ると ほら! と毬江にも教えて
「これは 写メっておかなくっちゃ。いい画だよね」
と言いながら 携帯でしっかりと二人を撮る。
腕を組んで寝ている堂上の肩に郁が寄り掛かるように 寄り添うように寝ている二人が居た。
現地に着くまでの間 もうちょっとだから そのまま寝かせてあげようね。
小牧の言葉に 毬江も二人をみて にっこりと微笑んだ。
「仲いいのはいいがな もう着いたぞ」
到着すると同時に 玄田の大声で二人は目を覚ます。
お互いに相手を見て あ・・ と声にならない声が出る。
バスの中に響くその声で 他の皆も 降りがてら なんだなんだと二人を覗いて行く。
「何でもないですから!早く降りて下さい」
と 不機嫌そうに堂上が答えている。
二人の事は 図書特殊部隊では周知の事で気がついてないのは手塚くらいなものだ。
「なんだ 何も無いのか」
と言う輩も居るくらいだ。
丁寧に答えていた堂上も あまりの状況に 隊長め・・ と言うと
「何も無い!いいから さっさと降りろ!」
と 怒鳴り始める。
そんな堂上を見ながら そんな怒鳴らなくても・・と 複雑な郁だった。
やっぱり堂上にとって私って 大声で否定するくらいの存在なんだな・・と。
水着も持ってこなくて正解だったかも・・と。
でも・・さっき何て言おうとしたんだろ・・
着いた直後から図書特殊部隊のメンバーは 指定された部屋へ荷物を運ぶと直ぐに 玄田の手の
込んだメニュー通りに 連日厳しい訓練が続いた。
折りしも 天候も良く 順調に予定がこなされていった。
家族や一緒に同行した友人達は オプションとして日帰り観光メニューが用意されてはいるが
参加してもしなくてもいいので 自由なそれこそフリータイムの毎日である。
小牧のたっての願いで 毬江は郁と柴崎と同室で 訓練中は柴崎が毬江と一緒に行動を共にしていた。
夏の暑さと 連日の地獄のような訓練で 特殊部隊の面々は夜になると皆 明日に備えて直ぐに
布団につく。
第一班の話を聞くと 連日のように夜は飲み会だった と言うからかなりの違いだ。
流石に3日目が終わる頃は 口を利くものも話をする物も無くなっていた。
翌日の訓練の事を考えるとぞっとして とにかく早く部屋へ戻りたい とにかく寝たい そんな感じが
皆を支配していた。
そこへ「宴会場へ集合」と玄田から連絡が入る。
足取りも重く宴会場へ集まると 皆とはうって変わって満面の笑みの玄田が待っていた。
「皆 よく耐えて頑張ってくれた。俺はいい部下を持って幸せに思うぞ」
まずは賞賛の言葉があって その後に
「まあなんだな 出発前は気を引き締める意味でバカンスは無しと言ったが 訓練は今日で終わりだ。
あとの2日は 最初の予定通り大いに海を満喫してくれ」
そう言い ガハハハ と高笑いが響いた。
集まったメンバーは 何を言われるかと疲れた身体にその日最後の気合を入れていた。
玄田の言葉に 一気に気が緩み 口々に やったー!! ヤッホー!! 遊ぶぞー!!
と歓声があがった。
郁は今にも遠のきそうな意識の中で そんな仲間の様子を眺めていた。
「笠原 大丈夫か?」
心配した堂上が声を掛けるが それも聞こえてないようだ。
ああ・・水着持ってこなかったんだった やっぱり失敗だったかなあ・・
海水浴久しぶりなのにな 教官たちどうするのかな・・
柴崎も毬江ちゃんも みんな海に行くんだろうなぁ・・ あー疲れた・・
ちらかった思考を整理することなく そのままその場で目を閉じると 堂上にもたれかかるように
寝てしまった。
「おい!笠原!起きろ!こんな所で寝るんじゃない!」
いくら声を掛けても起きない。
「笠原さんて 無防備だよね。それって 隣に堂上が居るって安心しているからなんだろうね」
小牧が分かったような事を言う。
「それはどうだかな。たんに疲れてるんだろう」
堂上はそう言うと 仕方ない連行だ と郁を抱き上げた。