ハートのプレートに想いを込めて

 【前篇】


巷では、飾り付けも鮮やかに一ヶ月後に迫って来たクリスマスに向けて、賑やかさを増している。
庭のイルミネーションが綺麗に装飾された家など、街中がクリスマスに染まろうとしていた。

武蔵野第一図書館もまた、クリスマスムード一色になっていて、七夕の頃に大きな笹が飾られて
あった場所に、今は大きなツリーが飾られている。
その大きなツリーとは別に、少し小ぶりなツリーには、七夕の短冊に似た『願い事』を書いた『ハート
型のプレート』が所狭しと飾りつけられていた。
七夕の時と様子が少々違うのは、『プレート』利用者が、短冊利用者の幼稚園・小学生では無くて
中学生・高校生・もしくはそれ以上――だと言う事だ。

そのツリーの前で立ち止まり、ハートのプレートが増えていくのを見るにつけ
「想いが叶うといいよね」
と呟くのは、郁の日課のようなものになっていた。


今日は館内警備にあたっていたので、用も無くツリーに近づく普段の日とは違い、気兼ねせずに
ツリーの傍をウロウロ出来る。
とは言え、その辺りだけ警備するワケにはいかないので、バディの手塚の様子を伺ってはツリー
に近づく。

それは・・
誰に知られる事無く、想いを書いたプレートをツリーに付けるため。
今日までにも何度となく挑戦してきたが、誰にも知られる事無く取り付けるのは勇気がいることで
なかなかチャンスもやってこない。

何度目か、ツリーの傍で所在も無くウロウロしていると
「お前またそんなとこに居るのか」
手塚の呆れたような声が背後から聞こえた。
「まるでツリー専属の警備みたいだぞ」
不審そうな手塚に
「やだなー。こういうの好きでさー、気が付くとついつい見たくなって来ちゃうだけだからさー」
と返すと
「お前自分の言ってること分かってるのか?今仕事中だぞ。遊んでるんじゃないんだ」
いい加減、立場わきまえろ と怒鳴られる。
「うるさいなープチ堂上」とあっかんべーをしながら、仕方なくその場を離れた。

ポケットにはハートの形のプレートが。
まだ期間があるから、まあいいか・・ と、郁はポケットに手を突っ込んで、プレートを握りしめた。


その様子をカウンター業務をしながら、柴崎はずっとウオッチしていた。
郁の怪しげな動きに ははん と思い当たる。
 素直じゃないんだから―― 
そう言えば数日前の晩、コソコソと何かやってたっけ。

「笠原、な〜に?」
と、柴崎が覗き込むと
「な!なんでもないって!」
って、郁は慌てて机の上の物を隠した。
その時はたいして気にも留めなかったけど、チラッと見えたソレは、そう言えばハート型のプレート
だった気がする。
書いた内容までは分からなかった。
 今更私に隠さなくてもねぇ――
まあ、それが笠原なんだけど。

貸出しの順番待ちの列が並び出したので、柴崎は集中して利用者をこなし始める。
これから年末にかけて忙しいくなるだろうと思いながら、端末を操作する。
利用者の波が一段落した頃、ふと気付くとまたツリーの傍に郁の姿がある。

 あらあら、いじましいこと――
柴崎は端末を操作しながらも、今のウオッチ物件から目は逸らさない。



一通り、いつもの経路で館内警備を済ませると、郁はまた閲覧室に戻って来た。
「いいか。ツリーの傍ばっかりうろついてるなよ。利用者が監視されてると勘違いするからな!」
手塚に諭され
「分かってるって。大丈夫、大丈夫!」
「お前の大丈夫は怪しい」
「怪しくなーい!」
元気よく返事はするものの、やっぱりやってくるのはツリーの辺りだった。

郁はポケットの中に手を入れて、その「物」をギュッと握りしめた。
 さて・・どうしよう――

少し離れた場所に居た手塚がそれに気づいた。
 あのバカ!何やってんだ――
足早に郁に近づく。

ズカズカ歩く手塚に気がついた柴崎が、カウンターの脇を手塚が通り過ぎようとした時に声を掛ける。
「ちょっと待ったぁー」
「ん?それは、俺に言ってるのか?」
「そう、あたりー。あんたによ」
「あたりー ってお前なー。俺は今、笠原に一言・・」
手塚がそう言い掛けるのを柴崎は
「笠原の事なら、ちょっと今ウオッチング中だから、そのまま流しておいてて」
と制して、ウインクを一つ手塚に投げかけた。

あのなあ・・手塚はガックリと膝を折る。
「他の奴等じゃあるまいし。俺はそんなウインク一つでお前の手管に落ちないぞ」
面白くなさそうに手塚がそう言うと、柴崎は可笑しそうにウフフフと笑って返す。

「まあいいわ」
軽く溜息のあと、そう前置きをして
「笠原には私からよーく言って聞かせるから。今日の所は目を瞑ってちょうだい」
柴崎がそう言うと
「珍しいな。お前から頼みごととはな。雪でも降るんじゃないか」
と、怪訝そうに手塚が応えた。


そんなやり取りをしながらも、柴崎は郁から目を離す事は無い。
当の郁は、ツリーの前を何度も通り過ぎては、行ったり来たりを繰り返している。
それは手塚が心配する通り、まるでそのツリーを、そしてその周りに来る人を監視しているかのよう
に見える。
 バカな娘、もう見ちゃいられないわね――
堂上教官も大概過保護だけれど、柴崎は「私もかなり過保護かしら」と思いながら、いつ声を掛けよ
うかと算段を始める。


郁は、柴崎がそんな事を思っているとは露知らず、ポケットの中のプレートを握り締めながら、あとち
ょっとの勇気と戦っていた。
チラッと目線の先にあるツリーを見つめる。
そしてポケットからプレートを取り出して掌上で眺める。
 やっぱ、仕事終わってからかな・・ 今は、やっぱりまずいよねぇ・・――

その時、入口から勢いよく館内に男の子が駆け込んで来た。

危ない!!

柴崎が思わず息を呑むが、郁は後ろ向きで気づいていなかった。
一瞬の事で、男の子と一緒に郁は前にもんどり打つ。
次の瞬間、柴崎と手塚が駆け寄った。

「大丈夫?どこか打って無い?」
柴崎の優しい問いかけに
「なんだよー。入口に突っ立ってんな!」
いかにも元気のよさそうなその男の子が、郁より先に立ち上がり、口を尖らせながらそう言う。
郁は 痛ぁーいなあ・・ と、立ち上がりながらも
「怪我無かった?」
と、子供の心配をする。
すると手塚が子供にはキツイ言い方で
「突っ立ってたお姉さんも悪いが、勢いよく走って来たお前も悪いんだぞ」
と言うので、今まで威勢の良かった男の子は一瞬にしてシュンとしてしまった。

バカね、あんたは笠原をお願い・・と柴崎は手塚に言うと、男の子に向かって
「お兄さんの言う通りなんだよ。危ないから走っちゃダメよ。約束できる?」
しゃがんで子供目線で話し掛ける。
男の子は「うん」と元気よく頷いたそばから、また元気よく走って行った。
「こらー。だから走るなって!!」
郁が怒鳴ると、手塚と柴崎に逆に「声がでかい!」と怒られた。

男の子が去った後。

「大丈夫だった?ずい分派手にコケタけど」
「うん。大したことないみたい」
郁は逆にちょっと、気恥かしかった。

「それにしても笠原、さっきからツリーの前でウロウロし過ぎよ」
少し笑いを含んだ柴崎に、
「何のことかなー」
と、郁はしらばっくれてみる。
「あの男の子も悪いが、入口でボーっと突っ立ってるお前が悪い!」
手塚は、だから言わないこっちゃない としかめっ面だ。
「そもそもお前、何やってんだ?ツリーの前で」
「あ・・、それはその・・」
言いよどむ郁の代わりに柴崎が
「ほら、ちょっと擦りむいてるじゃない。医務室行って来たほうがいいわよ」
と言うので、これ幸いと話に乗ることにする。
「医務室?平気だってば。さ、手塚、警備の続き行こう!」

振り返って柴崎に「ありがとー」と無声音で言うが、ニッコリ笑って手を振る柴崎に、これはあとが怖
いかなーと、少し思ってしまう郁だった。

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