ハートのプレートに想いを込めて

 【中篇】

気を引き締めなきゃと、通常の持ち場に戻った。
時計を見るともう少しで交替の時間がくる。
 仕事以外の事ばかり考えているから、ボーっとして子供にぶつかっちゃったりするのよね――
今日もまたハートのプレートはお預けか・・ とガックリと肩を落とす。

手塚はそんな郁を見て、分かってるのか分かってないのか
「しゃんとしろよ。何だかお前情けな顔してるぞ。こんなときに良化隊が攻めてきたらどうするんだ」
と言う。
「もう!あんたってば、究極すぎ!少しぐらいクリスマスに浸らせろー」
「はあ?クリスマス?なんだ?」
郁は、明らかにバカにしているといった態で言う手塚に頭にきて咬みつこうとしていたら

「何やってんだ?」
と別の角度から怒鳴り声が聞こえてきた。

二人とも振り返ると怖い顔の堂上と、既に上戸が始まっている小牧がそこに居た。
「二人とも声大きいし。漫才か何かかと思ったよ」
クックッと笑う小牧に
「何のための館内警備だ。このバカもん!」
珍しく、郁だけでなく、手塚も拳骨を喰らう事になった。

そして あとで覚えてろよー と郁は、手塚に睨まれたことは言うまでも無い。
 何でこうなるのよ・・まったく――



その後は慌ただしく事務仕事をこなし、一日の業務を終え、日報を書いていた時だった。

「あれー!?無い!なんで??」

郁の大声で叫ぶ声が特殊部隊の事務室の外まで響き渡った。

それまですっかり忘れて仕事に取り組めた事は自分でも偉いと思ったのに・・。
日報を書きながらポケットに手を入れて・・ハッと気付く。
ポケットに入れてあったはずの「ハートのプレート」が無い。
 うわー どうしよう。どこで無くしたんだろう・・ 誰かに見られちゃったらどうしよう・・――
嫌な汗が出る。
そうするともう日報どころではなくなって、気はそぞろだ。

「なにした?」
静かにしろ、煩い! と拳骨付きで堂上に聞かれるが、それはとても堂上に言える事ではない。
だってそれは・・

武蔵野第一図書館の特大のツリーの脇に有る、少し小振りのツリーは、ここら辺では例年、願い
事が叶うツリーと言われて「七夕の笹の木」のように、利用者の願いが込められた「ハートのプレ
ート」で飾りつけられている。

その「願い事」を書いたプレートをどこかに落としただなんて、しかも願い事の本人になんて、とて
も言えない。
「なんでもありません。大きな声出してすいませんでした」
顔を見られるのも、今はとても困る。きっと、心配させるような顔してる筈だから。
そう思って、深々と頭を下げて、日報の続きを埋めるためにそのまま椅子に座った。

「何でもないって声じゃ無かったぞ。何した?」
問い詰める声に、顔も上げれず
「何でもないですってば!お気づかい無用です!!」
と、その態度がどう見ても何でもなくはない。かなり変だ。
「お前また何か、俺の知らないところで何かやらかしたか?」
あらぬ疑いが掛けられた。
やらかした・・と言えばそうかもしれないが、失態とかそういうたぐいのものでは無い。
「何もしてませんっ!本当です!」
ムッとして顔を上げると、堂上の顔色が少し変わったような気がした。

郁は目を逸らされたので、あれ?と思う。やっぱり今、変な顔してんだ、私。
また、いらない心配を掛けてしまう・・ そう思うと自分が情けない。

「ホントに違うんです。あの・・その・・大事な物を無くしたみたいで・・」
 だから堂上教官には関係ないですから――
つい関係ないと言ってしまって、小さな胸がキュンとなった。

 本当に、踏んだり蹴ったり・・・

そこで、空気を読めないのか、急に思いついたからなのか、手塚が口を挿んだ。
「無くした?それって、あの図書館入口のツリーと関係あるのか?」

 てーづーかー 何言ってんの! 叫べない声で叫ぶ。

後は、冷や汗だ。
郁は急いで書き上げた日報を堂上の机に置くと、帰っていいぞも聞かぬうちに「お先ですー」と事
務室から逃げるように帰って行った。

「あれあれ。随分慌てちゃって。ツリーねぇ」
そう言うと小牧は上戸が入ったのかクックッと笑っている。
毬江のお陰で、女子高生達が話題にしている図書館のツリーの事は、小牧もよく知っていた。
「で?ツリーと関係あるって、何か知ってるの?手塚」
小牧に尋ねられ
「はあ。知ってると言うか・・知らないと言うか・・」
仕事に関わる事なので、また上官の二人の機嫌を損ねはしないかと、手塚は口籠る。
「歯切れが悪いようだけど、何かやましい事でもあった?」
小牧に問い詰められると、どうも逃げ場がない。
手塚は自分の知っている事を、言葉を選びながら上官二人に伝えた。

「そのツリーと無くした物と、何の関係があるんだ?」
堂上はあまり合点がいかない。
小牧は ふぅ〜ん と分かったような顔をしてニコニコしているので、堂上はことさら意味が分から
ない。

「多分、その子供にぶつかられた時に、何かを落としたのではと・・」
後は、トイレに置き忘れとか、迂闊すぎて他は分からないですが・・ と手塚はブツブツ言っている。



堂上は郁の急いで書き上げられた日報に目を落としていた。
 こんなに書きなぐらなくてもいいだろうが――
そんなに急いで、ここから消えたいみたいに出て行きやがって・・。

 ― 堂上教官には関係ありませんから ― 

そのひとことが、ずっとリフレインしている。
 俺には関係ないことで、あんな切なそうな顔して・・なんだって言うんだ・・
 そんなに大事な物を無くしたのか・・


「堂上?」
小牧が堂上の変化に気づいて声を掛ける。
「な、なんだ?」
「顔!顔怖いよ。どうしたの?」
怖いと言いながらも笑っているのから、何なんだと思う。

「気になるなら、一緒に探してやれば?その、大事な落し物ってヤツをさ」
「な、何言ってる!俺には関係ないって言われたんだぞ。だったら探す必要も無い」
「まーた。素直じゃないんだから」
小牧は頑なな堂上に、やれやれと言った顔をして、そして
「手塚、一緒にさがしてやろっか?どうする?」
と声を掛けた。
「俺ですか!俺は遠慮しときます。あいつに関わるとロクな事がないですから。特に今日はー」
「そう言うと思ったよ。じゃあ、柴崎さんに連絡入れてやって」
困った顔の手塚も上戸の対象らしく、小牧はクックッと笑いながらポンポンと肩を叩いた。



 どうしよう・・
 誰かに拾われてでもいたら、明日から図書館に来れない――

事務室を飛び出した郁は、ツリーの場所へと急いだ。
無くなったとしたら、あの時しか考えられない。
だってあの時、ポケットから出して掌に乗せていた。
そして、物凄い勢いで男の子にぶつかられて、派手に転んだのだ。

 あるとしたら、きっとあそこだ――

廊下は走るな! 見られたら堂上に怒鳴られるだろうが、今はしょうがない。
逸る気持ちももどかしく、郁は走りだしていた。
↑TOP
←BACK
→NEXT