
【堂上篇】
業務を終え、班員から日報が上がってくるのを、例によって玄田から丸投げされた書類を片付けな
がら待っていた。
手塚はいつものように、要領良くまとめられた日報を提出してくる。しかも仕事が早い。
目を通しても、問題のある所は無く、非の打ちどころも無い。
「よし、あがっていいぞ」
と言った時に、あいつのデカイ声が響いた。
廊下の向こうから来たヤツも聞こえたと言うから、どれだけ大声だったか想像付くだろう。
「あれー!?無い!なんで??」
無い?何が無いというんだ?それも、大声で叫ぶほどの物を無くしでもしたというなら、これは問題
になる事かもしれない。
笠原の事だ。あいつは殊の外、迂闊で危うい。
「なにした?」
と、言いながらも 静かにしろ、煩い! と拳骨もお見舞いする。
見れば、かなり顔色が悪い。これは、余程の物を無くしたのだろうと、俺は推察した。
ヤバイな。始末書ものか!?そんな思いが脳裏を過った。
が、笠原は言うにおよんで
「なんでもありません。大きな声出してすいませんでした」
と言う。
なんでもないだと?そんな筈はない。じゃあ、その驚きようは、どう説明するんだ。
「なんでもないって声じゃ無かったぞ。何した?」
もう一度聞いてみれば
「なんでもないですってば!お気づかい無用です!!」
と、返って来た。
逆切れか!お気づかいだと?これが変だと思わない奴は余程の鈍感か、アホウだ。
絶対これは何かある。
俺の目の届かない所で何かあったとしたら・・ 嫌な予感がしてつい口に出てしまった。
「お前また何か、俺の知らないところで何かやらかしたのか?」
「何もしてませんっ!本当です!」
即答が返って来た。
しかし、それが何かやったと言っているように思えて仕方ない。
じゃあ、なんでそんなに切ない顔をしている。涙まで溜めて。
上司の俺にも言えないことか?
笠原はいざと言う時に、俺を頼る事を拒否する事がある。
そんなに俺は頼りないのか――
そう思ったら、目を逸らしてしまった。
俺はいつだってお前を守ってやりたいと、どれだけ思っていることか。
握った拳にいつのまにか力が入っていた。
無くした物があるのなら、一緒に探してやることくらなんでもないことだ。
いくらでも探してやる。
「ホントに違うんです。あの・・その・・大事な物を無くしたみたいで・・だから堂上教官には関係ない
ですから――」
とどめのひとことを言われた気がした。
俺には関係ない・・か・・ 胸がチクリと痛んだ。
ははは・・俺はどんだけド阿呆なんだ。
「無くした?それって、あの図書館入口のツリーと関係あるのか?」
急に手塚がそんな事を言う。
ツリーがどうした?何の事だ?
訳が分からないでいる間に、笠原が急に日報を出して事務室から逃げるように出て行った。
まだ日報に目も通していないし「あがっていいぞ」と言っていないのにだ。
とっさのことで「お疲れ」も何も言えなかった。
いったい、なんなんだ。一秒でもここから早く消えたいみたいに・・。
それに何だ、この日報は。いつも以上に、内容が無い以上に、書きなぐりやがって・・。
俺には関係ない事で、あんなに切なそうな顔して、何だって言うんだ。
堂上教官とは関係ないですから・・ 堂上教官とは関係ないですから・・ 堂上教官とは・・
頭の中で何度もその言葉がグルグル回っていた。
俺とは関係ない、大事な物っていったい――
気が付くと小牧がニヤニヤしながら俺を見ていた。
「顔、怖いよ」
怖いと言っていながら、じゃあなんで笑っているんだ?
まったくコイツは、煮ても焼いても食えない奴だ。
でも・・、きっと俺はその時、小牧の言うように怖い顔になっていたのかもしれない。
こと、笠原の事になると、どうも冷静でいられない自分がいる。
守ってやりたいのに守らせてくれない。
アイツの為なら、なんだってやってやりたいと思っているのに俺を断固拒否する。
アイツは俺の事は、単なる職場の上司としか思ってないのだろう。
確かに初めはそれでいいと思っていた。でも今は・・。
「気になるなら、一緒に探してやれば?その、大事な落し物ってヤツをさ」
小牧は人の気もしらずにそう言うが、何を今更・・。
アイツは俺には関係ないと言ったんだぞ。俺の出る幕は無いじゃないか。
小牧には「素直じゃないね」と更に言われたが、じゃあ素直になったらどうなるって言うんだ。
きっとどうも変わらない。きっと、今以上に俺を拒否するに決まっている、そう思うと一歩も動けなく
なってしまう。
気弱?そうかもしれないが・・
大事な時に頼りにもされていない俺だぞ、そんな俺が何をどうしろと言うんだ。
はあー。溜息しか出てこない。
だが・・。
小牧が手塚に、柴崎に連絡を入れるように指示するのを聞いたら、勝手に手塚の携帯を取り上げ
ていた。
この際、手塚の怪訝な顔は敢えて無視する。
「あいつ、また一人で意地張っている。何がどうなってるのかは知らんが、手を貸してやってくれ」
すんなり言葉が出ていた。
隣では小牧が笑いをこらえている。
睨むと「こえー」と言って、更に笑いやがる。
笑いたければ笑ってろ。
俺はたまに、こいつが嫌いになる。今がその「たまに」だと思った。
その日は、その後、何をしても気がそぞろになってしまう。
帰寮してからも、自室でその言葉に項垂れていた。俺はいつからこんなに情けなくなったんだ・・
どうしても笠原の言葉が頭から離れない。
堂上教官とは関係ないですから――
頭から掻き出そうとするが、すぐさま、そのフレーズが脳内を支配する。
こんな言葉でノックアウト寸前だなんて・・どんだけ俺は小さいんだ。
身体だけじゃなくて、気持ちまで縮こまってどうする。
笠原相手に、なんだってこんなこと・・ 答えはもう分かっていた。
気が付くと三缶めのプルタブを開けている。決してヤケ酒じゃないぞ・・と、自分に言い聞かせる。
こんな日に小牧や手塚がいつものように飲みに来たらどうしたろう。
察しのいい小牧だ。気を使わせたかなー とも思った。
翌日、笠原が出勤したら何か言ってやろうと待ち構えていたら、気の抜けるような能天気な態度に
呆気にとられてしまった。
昨日の事は何も無かったかのように、いつも以上に元気のいい、よく通る声だ。
昨晩のうちに柴崎から、無くした物も見つかってすべて解決したことを聞いて知ってはいたが、一応
用意していた「もう大丈夫なのか?」という問いかけもどこかへ吹き飛んでしまう。
つい余計な小言で怒鳴ってしまった。
そんな俺の気も知らずにアイツは至ってマイペースなんだと思った。
まあ、俺は関係ないからなんだろうけどな・・。
折角気に掛けてやっているのに
「朝からそんな小さな事で怒ってたら、頭ハゲますよー」
と、きたもんだ。
何がハゲだ!俺は遺伝的にも、ハゲる事に関しては大丈夫だと思っているがな。
もしもハゲたらお前のせいだと言ってやった。このくらいの反撃はいいだろう。
そしたら「人のせいにしちゃダメです」ときやがった。
確かに人のせいにしちゃダメだ。でも、お前がそれを言うな!
言うつもりは無かったのに、つい、喧嘩腰になってしまっていた。
「お前がどれだけ心配掛けていると思って・・」
言い掛けて困った。
そんな心配は俺の都合だ。笠原には関係の無い事だ。
小牧に助け船を出されてホッとした。
きっと後でまた、過保護なことだと言って笑われそうだと苦る。
「大丈夫だよ。もう解決したから!」
どうやら手塚に応えたらしいその声に気づいて、何気に笠原を見ている形になった。
俺には関係のない事で、俺の知らないうちに、あれだけうろたえていた昨日が嘘のように元気に
なってるんだな。
本当に俺の存在ってこいつにとってなんなんだろう。
ああ、そうだった、ただの上司・・だったな。フッ・・ 溜息と一緒に馬鹿な自分に笑いが込上げる。
と、その時、笠原が急に俺を見た。な、なんだ?自然と見つめる態になってしまう。
目が合って・・そして逸らされた。
今のは・・何だ?
心臓がギュッと締め付けられる感じがした。
俺を見て、みるみる顔が赤くなって目を逸らした――
少しはまだ望みを持っていていいのだろうか。
ただの上司ではないと・・そう思っていてもいいのだろうか。
fin.