なんでこんな事になったのか・・

その晩、図書特殊部隊での恒例の飲み会があり、玄田に付きっきりで話込まれてしまった郁は、片
手にグラスを持ち続ける羽目になっていた。
気がつけば、あれだけ言っていたのに毎度の如く寝落ちした郁を堂上が寮に連れて帰る事になる。

その帰り道、いつものように背中で「どうじょうきょうかん・・」と何度も呟く郁。
そして寝ぼけた郁が、こともあろうか、目の前のビジネスホテルに駆け込んでしまった。


あの時、直ぐにでも手を引いて、真っ直ぐに帰れば良かったのだ。
そうは思っても・・

一瞬の戸惑いがあらぬ事態を招くのは世の常だと頭では分かっていても、まさか自分がそういった
自体に陥るとは、まさか流石の堂上も読み切れなかった。

コイツに限って計画的とは思えないし、背中で寝ていたハズの部下だ。
どう考えても寝ぼけていたとしか思えない状況しか思い当たらない。
自分が想いを寄せている分、部下の気持ちを錯覚してしまったのかもしれない。
わずかな期待をも持ったのかもしれない・・そんな事は断じて有り得ないというのに・・

余りにも背中の部下が「どうじょうきょうかん・・」と何度も呟くから。
「一緒に居たい」と言う言葉も、酔った勢いの夢の中ですらないのだろうから。

 何をいったい期待しているんだ、俺は――


初めて一緒に過ごすベッドの中で、あくまでも上司と部下の立場を崩せないと思う堂上は、悶々とし
ながら背中で郁の存在を感じていた。

 恋人同士であったなら――

そんな想いが頭を過り、苦虫を噛む思いで頭を振る。
あるワケが無い。
知られたくないから、王子様を利用したくもないから、あえて嫌われても仕方ないような厳しい態度を
とって来た自分だった。

でも、時折触れる背中越しに感じる温かさは、いくら封印しようとしても想いを抱いている当人のソレ
なのだ。
グーに握った拳に知らず知らず力が入る。
落ち着け と自分をなだめる。

小牧にいいように煽られ、少し酔ってしまったのかもしれない。
いつもの自分なら、いくら想いが募っていたとしてもまさかこんな失態はしない。
ちゃんと寮に送り届けている。


「送り狼になるなよ」と言った仲間の言葉がよみがえり、「当たり前だ」と呟く。
しかし・・・

問題は、明日の朝だ。
郁が目覚めた時なのだ。
酔いが醒めてしまった時、この状況をどう説明すればいいのか。
帰ろうと思えばいつでも引き返せるハズだったのだから。
それでも一緒に居たいと思ったのは、他の誰でもなく自分なのだから、郁の納得のいく言い訳を考え
なければならない。

そうは思うのに、考えれば考えるほどに、余計な雑念が思考をさえぎる。

触れないように少し距離を取ったはずの背中に時折触れる感触に、ドキリとする。

こんな思いをするなら、なんでちゃんと送り届けなかったんだ と思っても後の祭りでしかない。
仕方ない。
一緒に居たいと思ったのは自分だ。
そして、そう思いながらも、なおも一緒に居たいと思う自分がここに居る。


堂々巡りのらちのあかない思考に、段々絶望的になってきた。

 いっそ、このまま告白してしまおうか――

いや、それもあり得ない。
そんなことになったら、気まずくなる状況しか想像できない。
今までの話から、恋愛に奥手な事は理解できる事だ。

数々の雑念を振り払いながら、眠れない夜を堂上は過ごしていた。
それでも背中のぬくもりに、かすかな幸せを感じながら。


  ***


ふかふかとしたベッドの中で、郁は幸せな夢に酔っていた。
酒の酔いも一緒になってか、ふわふわとした何だか幸せな気持ちになっていた。

いつもの夢とちょっと違う気がするのは、たまに堂上教官の声が聞こえてくるような錯覚。
優しく囁くような声が聞こえて、夢はよく覚えていないが、きっと二人は恋人同士なんだろうと思う。
現実ではそうはいかないけど、せめて夢でくらい、恋人同士でもいいよねー と思っているから、そん
な夢でも見てしまうのか・・。

いつもよりは現実っぽいような不思議な夢だったなぁ・・と思いながら目が覚める。

何だか身体がだるいような・・
頭も何だか重たいような・・

 気持のいい朝なのに、ちょっとスッキリしない朝だな――

目覚めた郁は、ふぅーっとベッドの上で背伸びをしてから、感じていた違和感を実際の出来事として
認識するや否や、愕然とした。

 きょ、教官??なんで??――

頭が真っ白になって、状況が飲み込めない。
まさか、まだ夢の中なんじゃないだろうか。そう!そうだ!きっと夢の中。今日の夢は凄いリアルな夢
だわ・・ と必死に目をつむる。
そしてまたガバッと起き上がった。
いや、これは夢じゃない。
恐る恐る、隣で眠る堂上を見た。

そして前日の飲み会で、隊長に飲めない酒を飲まされた事を思いだす。

 あたし、何かやっちゃった??――

記憶がない間の事は、どうやっても分からない。
浴衣に着替えているのだって、どう考えても理解できない。
堂上と同じ浴衣姿を確認し、もしも進んで着替えた自分が居たとしたら・・
考えただけで、サァーっと顔が青くなる。

取り敢えず、教官を起こさなくてはと分かってはいるのに、声を掛けることすらはばかられるのは、
ちょっとでもやましい気持があるからなのか・・
想いを寄せている相手に、変な事をしでかしてはいないだろうかと。

穴があったら入りたい ってこんな時の事を言うんだろうな と思うと泣きたくなってくる。


その時、見ていた背中が少し動いたような気がした。
次の瞬間、寝がえりを打った堂上の寝顔に釘付けになった。
長いまつ毛、整った顔。胸がキュンと乙女の音を立てる。

 この人が好き――

告白出来たらどんなにいいだろうと思ってみるが、それに対する答えがどう考えても幸せな方向に
向いているとは思えなくて、肩を落とす。
告白して立ち直れなくなるなら、いっそこのまま上司と部下の関係の方がずっとマシかな・・と思う。
この人の背中をずっと追いかけて居たいから。

起きて欲しいのに起きて欲しくない。ずっと寝顔を見て居たい。
なぜこんな状況になっているのかを考えるよりも、ずっとこのまま一緒に居たいと思ってしまう自分
が居た。

そんな事を思いながら堂上の寝顔を見つめていると、不意に堂上が目を覚ます。
そして、目を開いた堂上としばし見つめ合う形になった。


 ***


気まずい とは、この時の事を指すのだろう。
絡んだ視線は、お互いが我に返ると同時に、次第に戸惑いの表情を表していた。


「か、笠原・・」
「きょ、教官・・」
お互い、言葉の後が続かない。

「断じてやましい事はいっさいしていないから安心しろ」
少しの間を置いて堂上は、敢えて眉間に皺を寄せ、気難しい顔を作ってそう言った。
「はい・・」
ちゃんと応えたハズの郁の声は少しかすれていて、寝起きのまだ思考の定まらない堂上にはカウン
ターパンチのソレに匹敵するほどの威力がある。
そして郁は郁で、自分の発した声にうろたえていた。

「本当だからな。お前に指一本触れてない。要らん心配するんじゃないぞ」
余計な一言に郁の顔が真っ赤になった。
その顔を見て、堂上の気持ちが揺れる。
愛おしいと想っている女性だ。抱きしめたくなる。
理性を総動員して、事態の収拾を図ろうと奥歯を噛みしめた。

                                                 つづく・・・
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ピンチ!!

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