下手な言い訳や、嘘をつくのは苦手だ。
しかし、今は、後で何とかすればいいと自分で自分を納得させて、堂上は郁を抱きしめた。
そう。今は郁を落ち着かせることが先決だった。
ネガティブ思考に陥っている郁は、言葉で何を言ってもどうにもならないのは、普段から郁を見ている
堂上にはよく分かる。
上司が部下をなだめる為とでも何とでも言えばいい。
そうしたい自分も否定は出来なかったが、自分自信に理由をこじつけて、堂上は
「大丈夫だ。落ち着け」
と、郁を抱きしめたのだ。
抱きしめる腕に力を込める。
愛しい女性を抱きしめるそれは、強すぎず、しかし優しくの精一杯の堂上の気持ちだった。
堂上は抱きしめながら、何度も郁に声を掛ける。
「お前は悪くない。だから泣くな」
腕の中からは、泣き止むどころか、泣くのをこらえて泣く郁の嗚咽が聞こえてくる。
「バカ。泣くのをこらえるんじゃない」
つい言ってしまった言葉に、今まで泣いていた郁がふと笑い声を上げた。
「やだ、教官。どっちですか。泣くな とか、 泣くのをこらえるな とか」
あ・・本当だ、何言ってんだ、俺は――
「そうだな。少しは落ち着いたか?しばらくこうしててやるから、泣くなら気が済むまで泣け。いいな?」
一緒に笑いながら、もう大丈夫かとホッとする。
そして抱きしめたまま、今回の酒の席での出来事を郁に言って聞かせる事にした。
言い訳や、嘘は苦手だから。
自分の想いは気付かれないよう、言葉を選びながら、隊長には悪いが玄田を悪者にさせてもらう。
実際そうだしな、とも思う。
そして、ここだけはちょっとした嘘になる。
嘘は嫌いだが、こうしなければ先に進まない。
今回は堂上自身もかなり酔ってしまったことにした。
誰かに聞かれておかしいと言われても、そうなんだと押し切る事に決めた。
俺もかなり酔っていたんだ・・と。
だってそうだろう。
ハタと気付いて動揺した事がある。
そもそも何で同じベッドで寝ていたんだろうか、と言う事だ。
笠原だけ寝かせて、俺はソファーにでも寝ればいいのにだ。
他の誰にもこれはとても言えない事だが、だから、俺もかなり酔っていたと笠原に言えば、きっと納得
が行く筈だ。
案の定、腕の中で泣きやんだ郁は、堂上の話に頷いていた。
何の疑いも持たずに。
「だからお前は何も悪くはないし、俺も何もしていない」
分かったか?
と顔を覗き込むと、泣き顔を見られたくないのか、郁はそのまま堂上の胸に顔を埋めた。
知らず知らずに抱きしめる腕に力がこもる。
が、これ以上抱きしめていたら、理性がモタナイ。
好きだと言えたら、どんなに楽だろう。チクリと胸が痛い。
自分の限界も見えてきていた。
笠原はもう大丈夫だろうか?
「大丈夫なら手を離すがいいか?」
こういった時に、つい聞いてしまうのは悪い癖だ。
ここで「まだだ」とでも言われたら、いったい俺はどうすればいいのか。と、渋い顔になる。
**
郁は堂上の腕の中で、ひとしきり泣いた後、堂上の言葉の一つ一つを真摯に受け止めていた。
そうか・・隊長に飲まされちゃって、また教官にメイワク掛けちゃったんだ。
そして教官も酔っ払っちゃったんだ・・でも・・。
お酒に強い教官が酔っちゃうなんて、何かあったのかな?
そんな心配が頭を過る。
そして、ふと、抱きしめられている状況が急に現実味を帯びてきて、戸惑い始める。
何で?
どうして教官は抱きしめてくれてるんだろう。
やっぱり部下だから?
泣いている部下を見たら、黙っていられないんだろうな。
やばい。
この状況は、かなりヤバイ。
腕の中に居る今はまだいい。離れたら、どんな顔をしたらいいのか・・
まともに目を見る事が出来ない。
しかも、ここ何処だ・・って話である。
状況の把握が段々出来てきて、更に顔が上げられない事態だと言う事に行き当たる。
ホテル?だよね。
しかも、その一室のベッドの上で抱き合ってる・・ってあんた!ありえないーーー!!
教官はそこのところ、どう思ってるんだろ――
郁は、堂上の話の最後の方はすっかり頭に入っていなかった。
「大丈夫なら手を離すがいいか?」
と、聞かれて少し力を緩められて、とっさに何も考えられなくなってしまう。
「ダメーーーッ!」
叫ぶのと、思いっきり堂上を撥ね退けるのとが一緒になった。
**
急の出来事に、反射的に何も出来ずに堂上はベッドから転がり落ちた。
ドッスン・・・
鈍い音に、堂上自身、何がどうなったのか、理解するのに数秒掛かる。
郁は郁で、自分が何をしでかしたのか、呆気にとられて堂上を見た。
「きゃあーーー!!すいません!!」
「バカ野郎!いったいどう言う事だ。」
立ち上がろうとして堂上は違和感を感じ、腰を押さえた。つぅー。痛みが走る。
とっさの事で受け身も取れずに、どうやら腰を打ったらしい。
歪んだ堂上の顔を見た郁の顔が陰る。
「私って、どこまでもダメですね・・。教官に迷惑ばっかり・・」
泣き顔でそう言われて、堂上は溜息をついた。
やっと今、どう言う状況か理解出来たんだな――
「いや、いい。俺は大丈夫だ。それより丁度いい言い訳が出来たから、そんなに気に病むな」
普段から鍛えてるから、こんな痛みなど然程気にする事もないだろう。
堂上がそう言うと
「言い訳?ですか」
「ああ。ここに泊まった言い訳だ」
そう言うと、堂上は、ワケが分からないと言った郁の頭をクシュと撫でて さあ着替えて帰るぞ と言
った。
**
ホテルから基地までの道のり、誰かに見られたり出くわしたりしないかと思ったが、どうやらそれは無
かったようだった。
ホッと胸を撫で下ろして寮に入る。
外泊はどうにか滑り込ませた。
郁の方は柴崎に頼んであるので、ぬかりはないだろう。
後で何かしらの請求がくるだろうが、それも織り込み済みだ。
「ゆっくり休めよ」
そう言うと堂上はさっさと男子寮の方へ歩き出す。
誰にも見咎められないなら、言い訳もしなくて済むので、とっとと部屋に戻るに越したことは無い。
でも郁は、全くそんな事は頭にも無くて。
「教官。いつも迷惑ばっかり掛けてすみませんっ。これからは気をつけますから」
大きな声でそう叫ぶとペコリとお辞儀をする。
な・・ 堂上はギョッとして振り返り、郁の方へ戻ると頭をグシャっと手荒く撫でて言った。
「分かったから、でかい声は出さんでいい。さっさと部屋に戻れ」
郁はまた えっ?何かやっちゃった?
「すいません。重ね重ね。もうダメ駄目ですよね」
と、別れ際としてはどうも居心地の悪い様子になってしまい、堂上は今一度頭を更に手荒くグシャグ
シャと撫でる。
「ダメとかそんな事はない。いいな、今日はゆっくり休めよ」
そんなやり取りは当事者しか分からないとしても、チラッとでも見た者には付き合っている二人だと
思われても仕方のない雰囲気である。
そして運が悪い事に、まごまごしてる間に、誰かに見られることになる。
**
堂上が寮の自室でようやくホッとくつろいでいると、ドアをノックする音がして、返事を返す間もなくガ
チャッと開けられた。
「班長、帰ってた?」
そう言って入って来たのは、にこやかに笑う小牧だった。
何だ?とばかりに睨むと、
「やだなぁ。心配してたんだよ。帰って来ないみたいだったから」
心配と言いながらも、楽しそうに見えるのは、あながち気のせいではないだろう。
そもそも、第一声からして「班長」だ。
状況を楽しんでいるとしか思えない。
「仕方ない状況になってしまってな」
「仕方ない?堂上にしてはこの急展開は凄いなあと感心していたんだけど、違うの?」
わざと作ってみせた眉間の皺をも見透かされそうな笑顔の先の小牧の眼光に戸惑いながら
「何勘ぐってんだか知らんが、潔白だからな」
一応、睨んでおく。
「へえー、そうなの。で?仕方ない状況って?」
そこで堂上は用意しておいた『言い訳』を言う事になる。
相手は正論の小牧だけに冷や冷やモノだ。
もしかしたら、見透かされていたのかもしれない。
しかし聞いた後の小牧は特に疑う事もせず、
「堂上、頑張って」
笑顔で意味深!?な事を言うと肩をポンと叩いて堂上の部屋をあとにした。
言い訳・・・
いつものように酔った笠原を背負って歩いていると「喉が渇いた」と寝ぼけた笠原が背中で
ジタバタと騒いだ。
「分かったから大人しくしてろ」と担いだまま振り返った時に、歩道の縁石につまづいて転ん
でしまった。
普段ならそんな事は無いんだが、俺もかなり酔っていたようだ。
危うく笠原を放り出しそうになって庇ったせいで道路脇の出っ張りに腰を打ってしまい、しか
も酔いのせいか、その時はもう動くのが無理だった。
ましてや、笠原をおぶって歩くには激痛がはしる。
見ると目の前にシティーホテルだ。仕方なくそのホテルになだれ込んだ。
もちろん、別々の部屋だ。
これで、おかしく無かったか?
この後、この事がどうなっていくのか。
泥を被るなら俺が被ればいい。
冷やかしなら、俺が受けて立つ。
もし何だかんだ言う奴が居たら、そんな関係じゃ無いと、笑い飛ばしてやる。
だってな・・
まさか思いっきり突き飛ばされるとは思わなかった。
普段通りに戻った笠原にとっての俺の存在って言うのは、所詮そんな役回りさ。
小牧が帰って一人になると、堂上は「さてと」と腰に手を当てて立ち上がり、溜息を一つつくと湿布に
手を伸ばすのだった。
fin.
ピンチ!!