
いつもより疲れていたのかもしれない。
だからぐっすりと寝れたような気がする。
そして、見た夢の内容は覚えていたかったが、目覚めはこの上ないほど良かった。
起きた後に残る余韻が気持ちよさを物語る。
何の夢だったのか。
思い返そうと思っても、思いだせないけれど、心がほんわかしていて、心地よかった。
だから、きっと、いい夢だったに違いない。
あーん。もったいないなー。
そう思えるほどに。
出来たら続きを見てみたいーーーと思えるほどに。
「あれ?いい顔してるね。何かいいことあった?」
出勤すると、おはようの言葉の前に、小牧がいつもの笑顔と共にそう聞いてきた。
「いい事って言うか・・いい夢を見たんですよ」
分かります?と、応える郁は、そのまんま笑顔だ。
「それは良かったね。で?どんな夢?」
そう聞かれて、初めて違和感を感じた。
あれ?そう言えばどんな夢だったんだろ?あれぇ?
そんな郁を見て小牧がプッと噴き出す。
「笠原さん、面白過ぎ。まあいいや、今日もしっかり頑張ろうね」
クックッと上戸が入ってしまった小牧に
「はあ・・」
頭を掻きながら、それでも夢を思い出そうと頭をひねってみる。
まあ、いっかぁー。
思い出せないけど、気分のいいのはこの上ないので。
「笠原、今日も元気いっぱい頑張りまっす!」
郁が敬礼付きで応えた時、後ろからポンと頭に手が乗った。
「張り切りすぎもミスに繋がるからな。特にお前は、だ」
振り返らなくても分かるその声は堂上で。
その時、さっきの違和感が何かと交差した。
あれえ?何だろうこの感じ。頭の中で何かが繋がりかけて、うーん と考え込む。
それを知ってか知らずか、堂上は頭をポンポンと叩いてから郁をジロリと見る。
考え込む風の郁と怪訝そうな堂上の目が合った。
「昨日はよく寝れたのか?」
堂上にそう聞かれ、何でそんなこと聞くのかと不思議に思いながらも、取り敢えずはさっき小牧に答
えたように
「はい!いい夢を見たみたいで、寝起きは上等です!」
と答えた。
自分で上等とか言いながら、また何だか違和感を感じて、ん?と頭を捻る。
「それは良かったな」
フッと笑う堂上の笑顔が眩しくて、はい!と微笑み返すと、何故か堂上は不意に不機嫌そうな顔に
なって自席に座った。
ちょ!ちょっとぉ。何それ! って怪訝な顔の郁と堂上のムスっとした顔を見比べながら見ている小
牧はずっと上戸が入ったままだ。
「何が可笑しい」
堂上は仏頂面で小牧の方を見る。
「俺にそれ聞く?」
何か嫌な二の句が来そうで、堂上は「何も言わなくていい」と、うるさそうに机上の書類を開いた。
郁は郁で、そんな堂上が不思議で、隣の席の手塚にそれとなく
「ねえ、あんた何か知ってる?」
と尋ねた。
聞かれた手塚は お前なあ・・ と言いながら
「覚えてないのか?」
と、怪訝そうだ。
手塚までそんな顔して、あたし何かやらかした? と郁は不安になる。
さっきまではとっても気分良くて、いい朝だと思っていたのに。
自分と自分の周りとではこんなにもギャップがあるとはどう言う事だろう。
「あーあ、せっかくの気持のいい朝が台無し」
郁は誰に聞かせるでも無くポツリと呟くと
「お前ホントに幸せな奴だな」
溜息交じりの手塚の声が聞こえた。
「手塚!どう言う意味よ」
ムッとして問い質す。
「本当にお前何も覚えてないのか?」
呆れたような、さっきと同じ問いかけに
「うん」
何の事よ と、頭を縦に振る。
手塚は後ろの堂上に目をやると、聞かれるのがマズイのか
「思い出せないなら後で教えてやる」
小声でそう言った。
今日はこれから館内警備だ。バディは手塚なので、郁はコクンと頷いた。
「館内警備に向かいます」
そう言うと二人で事務室を後にする。
廊下に出ると、郁はすぐさまさっきの質問を手塚にぶつけた。
すると手塚は後ろを振り返り事務室から誰も出てくる気配の無い事を確認すると、足早に歩きながら
「昨日の事、何覚えてる?」
と聞いてきた。
「昨日の事?」
同じ言葉を復唱しながら郁は、さっきから考えていた 昨日 を思い出す。
確か昨日は図書特殊部隊の定例の飲み会だったけど・・?
「飲み会でいつもの居酒屋行った」
「それから?」
「堂上教官に止められたから、サワー2杯の後はちゃんとウーロン茶飲んだけど・・」
「他は?」
他って?ちゃんと帰ったけどなぁ・・と、頭を巡らせてから あ!? と叫ぶ。
「お前、その後玄田隊長から何か言われて食べてたろ?」
そう言えば・・思い当たる。
ウーロン茶に変えてからは堂上が安心したのか、少し郁の居る場所を離れた時間があった。
その隙に(と言うわけでは無いだろうが)玄田が、ただ普通に頼んだ一品を、店員が郁の場所に
「お待たせいたしました」
と置いて行ったのだ。
郁も何だろうと思いながらも、単なるデザートを誰かが頼んだのだと思い込んでしまった。
玄田が気付いた時には既に半分以上を食べてしまっていた。
「何だ、笠原。食べたのか」
玄田もまさかそんなにアルコールが入っているとは思っていなかったらしい。
今、思えばその辺りから記憶が無い気がする。そして、あれはいったい何だったのだろう?
桃の味がしてたのは思い出せる。
「甘くて美味しかったけど。桃のデザートでしょ」
「それはそうだけどな」
そう言った手塚が、やっぱり と呟いてから
「あれにはリキュールって言うアルコールが入ってたんだ。知ってるだろ。よくチュウハイとかに入っ
てるヤツだ」
「でもデザートでしょ?そんな飲むほどのアルコールは入って無いんじゃ・・」
「お前がそれを言うか」
その店の新メニューになると言う一品で、まだ試作品段階なので是非食べてみて欲しいと玄田に届
くはずの品だった。まだまだ試作品なので、アルコールの配分も段階を踏んだ物が数種類並んで
いたらしい。そこは酒の強い玄田だ。どのアルコールの割合の物が一番いいかを試して欲しいと、
そんな話だったようだ。
どうも、それを郁が全部食べてしまった・・と言うのが手塚から聞かされた話だった。
郁は聞きながらゾーッとする。
それって、かなりの量を呑んだったって事と匹敵するって事で?とすると、きっとまた堂上教官の背
中のお世話になった!?って事だろう。
それって・・それってかなりヤバくないか・・
あ、だからか。「よく寝れたか」って教官が言うのは――
その後、郁を襲ってくるものは・・最大級の羞恥心だった。
いい夢見れたと思ってたのって、それってもしかしたら 堂上教官の背中ってこと??
小牧教官が「今日も頑張ろう」って言った意味も何となく分かる気がする。
そして堂上が「それは良かった」と言った時の笑顔。郁の言葉の意味をどう取ったんだろう。
うわー、事務室に戻れないかも・・――
「手塚・・今日は長めに館内警備してようよ」
バカ! と呆れたように手塚に言われ、郁はガックリと肩を落とした。