
『了解。状況が変わったら連絡ちょうだい。これから帰ります』
柴崎からのメールを受け取って ふぅー と溜息をついているのは寮の共有スペースであるロビーで
人待ちをしている手塚だ。
―俺に何をしろっていうんだよ――
携帯の画面を見ながら固まっていると、
「おう。もう来てたか。じゃあ、行くか」
と声が掛かる。
さっき呼び出した上官の堂上の声だ。
「それにしても珍しいね。手塚から飲みにいこうだなんて」
きっと全て察しているだろう小牧が笑って手塚に合図を送る。
それに気づかないのは堂上で
「そうだな。まあ部下の相談を聞くのも上司の役目としたもんだろう」
と、いたって真面目に部下の悩みを聞くつもりなのだろう。
悩みが無いわけではないが、今回は柴崎から堂上を呼びだしておいてと言うのが実際のところだ。
何か悪い事でもしているようで所在ない思いだ。
時計を見ると、そろそろ柴崎が言っていた時間になる。
手塚は柴崎が何の為に堂上を呼びだしてと言ったのかさえ聞かされて無かった。段取りがついたら
連絡を入れてと言われ、飲みに行くことにしたと連絡をして今に至る。
「じゃあお願いします」
手塚はそう言って立ちあがると上官二人に礼をする。
寮を出て、堂上班で飲む時の行きつけの居酒屋へ向かう。
歩きながら、
「俺達だけで行ったって、あとで笠原さんが知ったら膨れちゃうよね、きっと」
小牧がクックッと笑いながらそう言った。
「仕方ないだろ。あいつは柴崎と出掛けたんだ。それに今日は手塚の大事な悩み相談だしな」
ムッとして堂上が答える。
でも、またおいてけぼりー と膨れる郁が思い当たるだけに、苦笑いになる。
「あれ?堂上なに笑ってるのさ」
「バカ!これは苦笑いだ」
「へえー」
ちょっとした隙をついてくる小牧をジロリと睨みつけ、そのまま視線を前に戻すと怪訝な顔が更に渋
い顔になった。
「あれ?笠原さんに柴崎さん。おめかししてお出かけだった?今帰りなの?」
お出掛けの事を分かっているハズの小牧が声を掛ける。
堂上はチラッと見ただけで郁達を見ようともしない。
「はい」
ハートマークでも付きそうなくらいニッコリと微笑みながら柴崎は
「小牧教官たちは、これからどちらへ?」
と聞くと、手塚がそれに応えた。
「これから飲みに行くところだ」
「そうだ。手塚の相談にな」
堂上がそれに続ける。
「えー飲みにですかあ?私達も行ったらお邪魔ですう?」
イヤに甘ったるい話し方の柴崎に郁は怪訝に思いながら、
「柴崎。悪いって。手塚の相談みたいだし」
抑え気味に手塚を見る。
「いや。大したことじゃないし、今日は外で飲みたかったからお付き合いをお願いしたまでだ」
上官達がイイなら俺はいいけど と言う手塚に、それまで郁達の方を見ないでソッポを向いていた
堂上が
「別に手塚がいいなら構わん」
眉間の皺はそのままに どうだ小牧 と話を振る。
クックッと上戸の入った小牧の
「俺は班長がいいなら問題ないけど」
と言う発言で、話がまとまった。
いつもの居酒屋の個室に、いつものように通された一行は、それこそいつものように座って、まずは
乾杯をする。
「何に乾杯?」
何がそんなに可笑しいのか上戸が止まらない小牧がそう切り出すと柴崎が笑顔で
「うーん、そうですねー。強いて言えば、今日の笠原のコーディネートに乾杯!みたいな?」
「みたいな?とか聞くなー」
ムキになる郁に
「いいんじゃない?可愛いよー」
小牧がニッコリと笑いながらそう言って話を堂上に振った。
「堂上も何か言ってやったら?」
小牧はさっきから堂上がチラッチラッと郁を見ているのを見逃さないでいた。
「気になるなら言ってやったらいいのに」
さも面白そうに堂上をせっつく。
頬杖をついてあからさまに不機嫌を装っていた堂上は、ジロッと郁を見ると
「ああ。似合ってる」
乾杯もそれでいい そう言うと、またソッポを向いた。
「やだなぁ班長。笑顔、笑顔!」
堂上の隣の席に陣取った小牧が顔を覗き込みながら笑っているので、益々機嫌は下降線だ。
牽制のつもりで堂上は小牧をジロリと睨む。
堂上の向い側に座った郁は、そんな上官二人のやり取りを見ながら複雑な思いになっていた。
小声で隣に座った柴崎に
「柴崎ー。やっぱりこんな格好私似合わないって。何だか教官達もめてるよ」
と、囁く。
乾杯のカクテルをクイっと飲むと柴崎は可笑しそうに笑った。
「何言ってんのよ。照れてんのよ。あんたがあんまり可愛く化けたから」
「か、可愛いって・・」
それ、有り得ないから! だって戦闘職種でこんな背が高くて・・可愛いなんて言葉は柴崎みたいな
人種の形容詞でしょ。少なくとも私じゃないから・・
「笠原。あんたまだ酒入ってないよね?」
「なに?」
「ちょっと悲観的過ぎ!教官にとっては、可愛いのよ。その証拠にチラチラ見ながら顔赤いじゃん」
「・・え?ええーっ」
柴崎の言葉に嘘だろうと思いながらも伏し目がちに堂上を窺うと、目が合った。
空中で視線が絡む。
あ・・
お互いに何故か目を逸らせ無くて、見つめ合う形になった。
「ほら、そこ。可愛いからってガン見し過ぎ!」
柴崎の容赦ない言葉が飛ぶ。
「バカ!何言ってる。そんなんじゃない!」
酔ってるのか? いいえ、全然酔ってませんけど
堂上と柴崎のそんなやり取りを見ながら、郁は手元にあるグラスを無意識に一気にあおっていた。
そんな郁に堂上が気付いたのは、郁がグラスをカタンとテーブルに置いた時だった。
「アホウ!お前今、一気に飲まなかったか!」
「そうれすけど、何か?」
美味しいれすよー と、既に上機嫌になっている郁に
「何か じゃない!」
まったく・・ 溜息をついて ついポロっと本音が出た。
「そんな上等なおしゃれして、何処に出掛けて来たか知らんが、そんな恰好で酔っ払ってみろ。どう
なるか分かってるのか!」
そして説教口調の堂上に、酔った郁が食い下がる。
「何言ってるか分かりませんけど!笠原はどんな格好してようか大丈夫れすっ!」
立ち上がって乗り出す郁に視線が向けられず、堂上は
「ソレのどこが大丈夫なんだ!そんなに胸はだけて、スカートもミニだろうがっ!」
怒鳴るようにソッポを向いた。
ブホッと飲みかけの酒を豪快に噴き出したのは小牧だ。
「そっか。そこね。やっぱ、心配だもんね」
「五月蝿い!余計な事は言わんでいい!」
柴崎はヒジで郁を突き、
「ほらね。やっぱり照れてるでしょ」
コッソリと囁いた。
カーッと赤くなるのは郁で。
チラッと堂上を恨めしそうに見る。
でも、その姿から 照れてる とか言うのは想像できなくて。
小牧とやりあってる姿をカッコイイとか、ただ自分だけが好きなんだな と思い知らされるだけだ。
そして頼んだ二杯目のカクテルを一気に飲み干した。
その後、郁の記憶はブラックアウトする。
**
「おはようございまーす!」
翌日、何も覚えていない郁は、いつものように元気に出勤する。
「やっぱりな・・」
堂上の呟きに、クックッと上戸は小牧だ。
「朝から、ヤーな感じですけど。私また何かやらかしました?」
膨れた郁に堂上は
「覚えてないとは大したもんだ」
眉間に皺を寄せて苦々しげに言う。
そして小牧からしばらく立ち直れそうもない言葉が上戸と共に耳打ちされることになる。
「笠原さん、気にしなくていいよ。でも、あのセクシーな格好で寝落ちしたら班長は大変だからさ。分
かってあげてくれるかな」
fin.