【4】

温泉に行こう!!

通された応接間で冷たい麦茶をいただいていると その家の主であろう 恰幅のいい男性が入って
来た。
愛想のいい いかにもいい人っぽく見えるその人は 入ってくるなり

「申し訳なかったです。すみません。このとおりです」

と頭を下げた。
柴崎は 驚いてその人物を見ている。
これが演技だったら そうとうな役者だわ・・

「そんな謝られるようなことされてませんよ。私達は」
ニッコリと微笑む柴崎は まさに女優といったところか。

郁はそんなやり取りを息を呑んで見守っている。
柴崎からは 余計な事を言わないように 堅く言い渡されているのだ。

「話は息子から聞きました。あなた方は 何をお望みですかな」

謝っておきながら かなりの直球が飛んできたこと・・
さーて と。
柴崎は用意していた台詞を これ以上無いといった微笑と共に相手に投げかけた。

「何もないですわ。私達はただ くじを引きに来ただけですもの」

それは暗に クジ引き=特等が当たれば「温泉1泊」 という事でもあるのだけれど。
この親父にそれが分かるかな。
でも 安易にそれが欲しいって言っている訳じゃなくってよ。

どうやら その意図が分かったのだろうか 愛想のいい笑顔を見せていた男性は急に引きつった顔
になっていく。
柴崎は 笑顔を絶やすことなく 終始ニコニコしている。

先にシビレを切らせたのは男性の方だった。
「分かりました。あなた方に温泉旅館ご招待の権利を差し上げましょう」
そう言うと 息子にチケットを持って来るように指示をする。

「ちょっと待っていただけませんか」
今まで微笑を絶やさずにいた柴崎が 美人特有の鋭い顔にになって相手を睨む。

これって結構威圧的よね。効果ありそう・・ 郁は ひえー と息を呑む。

「私は 温泉旅館のご招待券が欲しいだなんて 一言も言ってませんわ。バカにするのも大概に
なさってください」
「じゃあ 何しに来たんだ!!」
急に男性も声を荒げる。

「だから先ほどから言ってますでしょ。くじを引きに来ただけですから」
柴崎はそう言うとまた ニッコリと微笑んだ。
うっ・・ と怯む男性と息子。
どうみても 役者が一枚も二枚も柴崎の方が上手だった。

「これからは初日から ちゃんと特等の玉も入れて下さいね」
の声にも 項垂れるばかりだ。

「じゃあ これで」
と立ち上がりかけると 待ってくれ! と呼び止められる。

「なんでしょう?」
あくまでも 笑顔は絶やさない。
その笑顔に ビクッとなりながら 男性は頭を下げた。

「これは 私からの気持ちです。どうか受け取ってください。そうじゃないと 今日は寝付も夢見も
きっとよく無い」

これとは?

男性は 書棚の引き出しから あるものを取り出して柴崎に渡す。
「クジ引きの景品の1泊旅行じゃ 受け取ってくださらなそうですからな」
愛想のいい笑顔に戻った男性は そう言いながら頭を掻いた。

何?柴崎が封筒に入ったものを見ると それは・・

「このクジ引きの後の企画なんですがね。招待じゃありません。ご優待って事でね。ある程度の
お買い物をして頂いたお客様にだけに差し上げる予定のものです」
そして郁の買い物袋をチラッと見て
「お見受けするところ かなりのお買い物もしていただいたようですし。最優先ってことで・・いかが
ですかな」

「そう言うことでしたら」
柴崎は またニッコリと微笑むと ありがとうございます とその優待券を受け取った。
そして最後に柴崎が
「子供からお年寄りまで 皆楽しみにしているクジ引きですから ずーっと続けてください」
と 言うと男性は深々と頭を下げた。

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