【6】

温泉に行こう!!

「おはようございます・・」
そろりと事務室のドアを開けたとたん
「遅い!!」
堂上の罵声が飛ぶ。
時間になってもなかなか出勤してこない郁を 今か今かと待ち構えていたようだ。

「何時だと思ってるんだ」
から始まって いつものような説教が続く。

今日の郁は かすかに覚えている甘い夢と起き掛けの柴崎の言葉で どうもいつものように堂上を
見ることが出来ないでいた。
怒られながらも頭ではそんな事を思っているので 直ぐに態度に出てしまう郁は 当たり前に上の
空になっているのが傍目でも丸分かりだ。

「笠原!何考えている!お前は大体な・・」
そう言いながら 堂上は一発拳骨をお見舞いする。
「だってぇ」
「だってもクソもない!今俺が何を言ったか言ってみろ」
「あの・・それは・・ええと・・」
「このアホウ!聞いてないとはいい度胸だ!」
堂上の説教は更にエスカレートしていく。
 

仕事中の堂上は 付き合い始める前よりも郁に厳しいような気がする。
その代わりなのか・・ 二人きりの時の堂上は ことさら甘い。とても大事にしてくれる。
そのギャップの差に 郁は戸惑う。

今日も散々な説教の嵐だ。
分からない訳ではない。付き合っているのは周知の事実で しかも直属の上官と部下。
堂上がけじめを付けて 自分自身に訓戒を強いているのだろう。
だから 厳しくされる事も分かってはいるのだ 郁も。

でも そんな事が続くと あの二人きりの時の甘い堂上は幻なのかと不安になる。
自分は もしや使えない部下なんじゃないか・・ とも思えてくる。
堂上は褒めてくれる。それでも 不安は押し寄せてくる。
その不安のリミッターを越えると 郁は郁自身もどうしていいのか分らない程 ネガティブに陥ってし
まう。

そうなったら堂上の説教だった筈が いつの間にか郁が頑なになって拗ねてしまい意固地になる。
根の深い喧嘩になってしまうのだった。

どうやら 今日も雲行きが怪しい。

「堂上 そろそろその辺で止めとかないと開館の時間になっちゃうよ」
と 小牧が気にして口を挿む。

しかし時既に遅く・・

「分かりました。アホウな部下ですみません」
そう言って俯く郁の目からは涙が溢れそうだった。
が、これから仕事だ。
「館内の警備に向います」
泣くのを唇をグッと噛みしめて堪え 堂上を睨むように見据え敬礼をする。
「手塚 行くよ・・」

しまった またやってしまったか・・ 堂上が怯む。
何か言おうとするが 郁は聞く耳も持たずに事務室を飛び出していった。
突然名前を呼ばれ 堂上と郁とを交互に見て 最後は堂上に敬礼をしながら手塚も後に続いた。

小牧は やれやれ といった面持ちで二人を眺めていた。
また暫らく やり難いことこの上ない日々が続くのかと思うと ついついキツイ物言いになる。
「堂上 ホントにバカだね」
そう言うと 不機嫌そうな顔になった堂上が
「うるさい!」
と吐き捨てた。




「いつもの事なのに なんで今日はそんなにムキになるんだ?」
並んで歩きながら 手塚はそんな事を聞いてくる。
郁はそれには答えずに 真っ直ぐ前を向いて歩いている。

  そんなの私にだって分かんないわよ・・私がムキになってるんじゃないもん。
  堂上教官のバカッ!なんでこうなっちゃうのよ・・
 
そう思うと自然と涙が流れ出る。
そして郁は それでも 泣いてないもん と言い張る。

宿泊ご優待が事の始まりだったが 頭の中は優待券の事など今はどこかに飛んでしまっていて
何でこんな事になったんだろうと 事の始まりすら訳がわからなくなっていた。


手塚からしてみたら こんなにも堂上から大事にされているのになんでこいつは分からないんだと
半ば呆れながら それでも友人として気遣いながら話を聞く体になる。

「俺に言って楽になるならなんでも聞くぞ」
「あんたなんかに言ったって分かる訳ないからいい」
「お前なあ・・ それじゃ身も蓋もないじゃないか」
「いいの!ほっといて!」

巡回どころか ズカズカ歩いているだけにしか見えない郁だったが もし怪しい人が居ても その負
のオーラにきっと竦んでしまっていただろう。

  全く なにやってんだか・・

カウンター業務に入っていた柴崎はそんな郁を見て あの優待券はどうなったのかしら・・ と思い
ながら テキパキと仕事をこなしていたのだった。

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