どのくらいそうしていたのだろう。
郁は 掛けたい言葉がいっぱいあるのに 何も言えずにただ見つめていた。
堂上も郁を見ていたが そこには意思が無いようで ぼんやりと見ているそれのようだった。
暫らくして状況が分かったのだろう。
堂上はいつものような難しい顔になり 思い出したように
「何で おまえがここに居る」
と怪訝な顔を郁に向ける。
「だってそれは・・小牧教官が・・」
ボソッと言う郁の声を聞いて あの野郎・・ と堂上が言うのが聞こえる。
「俺は大丈夫だ。おまえは戻って仕事をしろ!」
「で、でも・・」
「でももへったくれも無い。そもそもお前はもう俺の班じゃない。班長の指示に従え」
そう言うと 顔を反対に向けた。
郁はそれを悲しく見つめる。
「私 教官がダメだって言っても堂上班にいます。他の班には行きません!」
な、何を言い出すかと思ったら・・。堂上は驚いて郁を見る。
「おまえ・・上官の命令も聞けないのか!」
「聞けません。そんな 訳も分からない命令 聞けません。ちゃんと説明してくれなきゃ・・」
ここで泣いちゃいけない・・ 郁は唇を噛みしめながらそう言った。
堂上は驚いたようで
「そもそもおまえが 俺の傍には居れないといったんだぞ。俺もお前を傷つけてしまったから反省して
だな・・笠原のいいようにと思ったからこそ・・」
郁は そう言いかける堂上をさえぎり
「だってそれは 教官が私はもう何の役にも立たないとか傍に居るだけで困るような事を言ったから
で・・かなりショックだったから・・」
訴えるように 言葉を吐いた。
今更ながら 俺は何て事を言ったんだと 思い出すのが辛い。
「すまん・・あれは 本心じゃ無いんだ。悪かった。取り返しの付かない事を言ったことは認める・・」
だから俺は・・
その時 郁から思いがけない事を言われる。
「傷つけたと思うんだったら 立ち直るまでちゃんと見届けて下さい。放り出すんじゃなくて・・手放すな
んて勝手過ぎる・・」
「笠原・・」
堂上は 何か言おうとするが 言葉にならない。
「私言ったじゃないですか。教官を越えてみせるって。だから勝手に私の前から居なくなったりしない
で下さい」
それだけ 言いたかったから・・ すいません
そう言うと 郁は病室を飛び出して行った。
入れ違いに 身の回りの物を用意しに行って戻った小牧が病室に入る。
「悪いが 聞かせてもらったよ」
食えない友人の声に 面目ない と堂上は顔をしかめる。
「それにしても どこまでボタン掛け間違ってるんだろうね お前らって」
一つ大きくタメ息をつき
「間違った場所に入れたボタンを 1つずつちゃんとした穴に入れなおさないとだね。また掛け間違う
前に直さないと」
「なんの話だ!?」
ボタンを掛け間違うってどういう事だ?堂上には分かっていない。
そうか・・ 分かっていたら ここまでこじれたりしていない・・か。
こりゃまた困ったもんだ。
「とにかく 自分の気持ちに素直になれよ。偽って 見合いなんか するんじゃない って事さ」
分かった?
堂上は分かったような 分からないような顔をして小牧を見る。
「間違っても 大きな穴にしないようにね 堂上!」
いい事言うでしょ と小牧は笑ってみせる。
いい事言うと言われても・・ どうも意味が分からん。
小牧のこういう回りくどい所が 時に鼻につく
堂上は 曖昧に笑ってみせた。
それをどうとったのか・・ 小牧はもう一度釘を刺すように
「いいかい。見合いは止めろよ。本当に取り返しの付かない事になるぞ」
諭すように言う。その顔に笑顔は無かった。
あ・・見合いか!
堂上は 見合いをすると伯母に電話を入れた事を思い出す。
する と言ってしまったんだぞ。 あの伯母の事だ 既に動いているに違いない。
「小牧・・ もうきっと断れない状況になっている」
苦々しくそう言うと 頭を抱えた。
「何で?昨日の今日だろ。やっぱり止めるって それだけじゃダメなの?」
「あの伯母さん 人の話聞いちゃいないんだ。 どんどん話進めてしまいやがる。後はメンツだとかシ
ガラミだとか 色んな事言い出して 俺の身動き取れなくするんだ」
おいおい じゃあどうするんだ 困った顔で小牧は堂上を見る。
「俺にはどんな状況になっているかは分からないけど・・。でも お見合いしたら 笠原さんの事 もっ
とこじれるって それは分かるよね」
ん?笠原と これ以上こじれる? その意味も分からない。
俺が見合いすると 何か起きるのか!?
堂上が どうも納得の行かない表情をしているのを見て
「あれ? 堂上 分かって無かったんだ」
そして 今更ながら ため息をついて
「そうだよね 分かっていたら こんなバカなもめごとすら起きないもんな」
と嘆く。
「バカとは 何だ バカとは!」
「バカだからバカって言ったんだよ。 素直にならないと大事な物が遠くに行っちゃうよ」
「・・・」
「じゃあ 断れないとして 見合いするだろ。そのまま結婚するの?」
「そ、それは・・ そんな事はない・・」
「言い切れる?だって見合いすら断れないんでしょ? その先なんて決まったモンじゃない」
そうだ。確かに 小牧は正論だ。
そこまで考えていなかった。
「まあ 今日はこのまま ここでゆっくり寝てることになるだろうから。ゆっくり考えなよ。素直じゃない
班長さん」
そう言って笑った小牧は もう一つ これは譲らないからね と注文を付けた。
「それから 笠原さんをそのまま堂上班に入れとくよ。いいだろ。どうせ今お前居ないし」
堂上は 何も言い返せなくて 苦笑いを返すだけだった。
【5】
捻じれた気持ち